愛情スパイス
「兄さんって、料理自体はあんまりしないけど、味は一流なんです。だけど」
何故か料理の話題になっていたときに、弟がふと漏らしたのがその言葉。
それを聞いたときの反応は人それぞれ。ハボック少尉は、反応に困った笑いで、珍しく煙草を吸っていない(そもそも、エルリック兄弟が指令部を訪れると、彼は自発的に禁煙を心掛けている)口元を不自然に曲げていたし、フュリー曹長は、器用に眼鏡をずり落としながらもやっぱ反応に困ってたり、ホークアイ中尉やファルマン准尉は、表情を変えないよう心掛けてたみたいだけど、表情がありありと「しょうがない子」と子供の成長見守る親の微笑ましいものになっていたし(実際、毎回そういう心境になっているらしい)、ブレダ少尉は問答無用で笑い飛ばしやがったし。
でも何よりムカついたのは、此処の将軍の代わりに東部を纏めるマスタング大佐!
いっそブレダ少尉みたいに笑い飛ばしてくれた方が(ちょっとむっとはするけど)怒って切り返せるからいい。
けど・・・・・・何、この人。本当。
何でこんな。
こんな幸せそうな顔してる訳。
何か?そんなに俺が料理できるのがいいことなのか?それとも中尉や准尉みたいな心境になってくれてるわけ?悪いけどそうだとしたら俺は意外を通り越してビビるね。あんたいっつも俺に何かと借り返せって人使いが荒いくせに(児童酷使で訴えるぞ・・・・って、自分で子供って認めちゃったよ俺)。
アルは続けた。
「形がすごいんですよ。ほら、偶にいるじゃないですか、見た目と味が一致してない人。兄さん、味は美味しいのに形がある種の芸術品だから。ウィンリィにも滅茶苦茶言われてましたよそれで」
「・・・・って、余計なことまでバラすんじゃねぇよアルッ!」
ぼーっと黙って聞いてたらいきなり過去の話まで引っ張り出されて、俺は驚いて、意味ないけどアルの口を塞いだね(本人には悪いから云わないけど、鎧の体ってどこから声出してんだろ、ホント)。けどそんな俺にとっちゃすげえ必死の攻防戦も、周りの軍人様ご一行の前では微笑ましい光景にしか映らないらしい。どっちも咎めないで傍観者に徹してるだけ。
・・・・・くっそ、わざわざ皆が暇なときに来られるように気ぃ使うんじゃなかった・・・・。
とか、思ってたら。
「つまり大将は、大佐と似たようなパターンの人間ってことか」
と、ハボック少尉が何かすげぇ面白そうなことをぽろっと溢したから、俺は即座に少尉に向き直った。
大佐が、口出しはして来ないものの、口元が引きつったのが見えけど、そんなもん無視だ無視。
「どーいうこと?」
「大佐のは大将と逆・・・・とまではいかねぇけど、あんま一致しないなぁ」
「不味いの?美味いの?」
「不味くもないけど美味くもない。で、飾りつけは綺麗。いろんな意味で、あの味を出せるのは凄いと思うぞ」
貶しているのか褒めているのかいまいち判断がつかないことを言うもんだから、俺は少し混乱した。
ていうか、本人(しかも上司)目の前にいるのによくこうはっきりと言えるよな。・・・・まぁ、此処って元々階級違うからって仕事以外で喋り方正すような所じゃないの知ってるし、だから結構・・・気に入ってたりもするし。
なんか頭の中で言っただけなのにすっごい恥ずかしくなって、俺はぶんぶんと頭を振って意識を別の場所に持って行こうと顔を上げた。
ら、なんか思い当たりがあるみたいで苦い顔してる大佐の視線にぶつかって、ちょっとだけ大佐が不憫になった(ちょっとだけな!)。
「・・・・・・・・・・大佐、普段料理とかしてる?」
「外食で事足りるのでな。殆どしない。そんな悠長な時間もないし」
うっわ。流石大佐様で国家錬金術師殿。すっげー余裕のお言葉どうも。
ついでにあんたの周りの部下の目が『余裕あるなら奢れ』って訴えてるのわざと目線外して拒否してやんなよ。
・・・・まぁ、常に外食、飯作ってる暇があるなら錬金術書でも読んでる!っていう同類の俺が言えた義理じゃないんで黙っとくけど。
中尉がふと、アルを向いた。
「そういえば、アルフォンス君は?料理出来る方なの?」
「できるよ。少なくとも俺よりは」
代わりに俺がそう答えると、アルは笑って付け足した。
「普通です。味に関しては兄さんの方が上ですけど。・・・兄さんと一緒に手伝ってたりしたんで、多少のことならなんでも」
『誰の』、なんて聞く馬鹿はさすがにいなかった。少し考えれば、母親の手伝いっていう答えは一般的に考えてもすぐ出てくる。
過去が消えることはないし、俺たちは一生忘れちゃいけないことだけど、もう気にしてないことでもあった。
皆は、そう思わなかったみたいだけど。
ほんの一瞬、重い空気が漂った。どうにかしなきゃ、と思ったけれど、それは全員同じだ。(空気を作った本人のアルなんか特に)
「知ってるか?鋼の」
いきなり話吹っかけてくんなよ。空気読めねぇのかよ馬鹿大佐。
「錬金術は台所から発生すると云う者もいるように、実際に、料理はその人間の錬金術の腕前を表しているらしい」
「・・・・・どーせ俺は、アルと違ってディテール最悪ですよ。大体、じゃぁ大佐はどうなんだよ!並ってことになるじゃんか!」
「私の焔?勿論応用は利くとも。」
うあ、ムカつく。しれっと言いやがった。
水を電気分解して、水素にしたら、焔を加えれば、ある程度の爆発は引き起こせる。
だから、雨の日は無能だなんだ言われてるけど、その雨の日こそ実は大佐の独壇場だっていうのは知っている(但し、火種がないとそれすら無意味とも言えるけど)。
その方法を、どこで利用してたかは、あえて考えないようにしておく。
・・・・・・まぁからかうの面白いから、知らないふりして一緒にからかうけど。大体、大佐はその事、中尉にすら明かしてないみたいだし。
信用してないとかじゃないな、絶対。自分から無能呼ばわりされようとしてるっていうか(その割に連呼されるとキレるけど)わざと「私は有能ではありません」って宣伝してるっていうか。そんなに上からのやっかみってのは厄介なもんなんだろうか。
なんだかんだ言っても、そんなの想像もつかない俺はやっぱり、大佐達からしてみりゃ十分な子供なんだろうな。
あーもう悔しい!
何だかんだと喚いたところで、この余裕ぶった大人の前では何の役にも立たない。
これが、俺とこの人の14年の差なんだろう。大佐だって無駄に生きてる訳じゃない。寧ろ、人生全体に関して言えば、きっと誰よりも無駄なく生きてきた人だから。ムカつくけど、尊敬してたり。尊敬してるけどやっぱりムカついたり。
大佐にとっては・・・・いや、この人らにとっては、俺もアルも、まだまだ子供で、“庇護する対象”でしかないんだろうけど。
(俺も・・・・・・まだまだってことかねぇ)
椅子に、逆方向に座って、背もたれの場所に頬杖をつくとしみじみと思った。
だけれど、いつかはこの大人たちに、護られるだけではない自分になりたいという気持ちを心に秘めて。
「・・・・・・ところで、鋼の」
「んぁ?」
「折角此処にいるのだし、明後日に課外活動の一環でサバイバル料理研修があるのだから参加して作りなさい」
「あぁ!?何で!・・・・しかも命令かその言い回しは!!」
「そうね、私も興味あるわ。エドワード君の手料理」
「俺も俺も」
「あ、僕も」
何も言わない約二名も、さりげなく同意見とばかりに首を縦に振ってるし。
「・・・・・・・・・・・・」
「兄さん、もう諦めて作りなよ。面倒くさいとか思ってるんだろうけど」
大佐が相変わらず毒気抜かれそうな表情で微笑んでるけど、とりあえず視界に入れないようにして。
やっぱり、お遊びになっても、色んな意味でこの大人たちには適わないと実感する俺だった。
みんな嬉しそうだから、もういいんだけどね。
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