ロイエド?休憩室にて珍しく全員で談話中。過保護なおとなたち。





愛情スパイス



「兄さんって、料理自体はあんまりしないけど、味は一流なんです。だけど」

何故か料理の話題になっていたときに、弟がふと漏らしたのがその言葉。
それを聞いたときの反応は人それぞれ。ハボック少尉は、反応に困った笑いで、珍しく煙草を吸っていない(そもそも、エルリック兄弟が指令部を訪れると、彼は自発的に禁煙を心掛けている)口元を不自然に曲げていたし、フュリー曹長は、器用に眼鏡をずり落としながらもやっぱ反応に困ってたり、ホークアイ中尉やファルマン准尉は、表情を変えないよう心掛けてたみたいだけど、表情がありありと「しょうがない子」と子供の成長見守る親の微笑ましいものになっていたし(実際、毎回そういう心境になっているらしい)、ブレダ少尉は問答無用で笑い飛ばしやがったし。

でも何よりムカついたのは、此処の将軍の代わりに東部を纏めるマスタング大佐!
いっそブレダ少尉みたいに笑い飛ばしてくれた方が(ちょっとむっとはするけど)怒って切り返せるからいい。
けど・・・・・・何、この人。本当。








何でこんな。










こんな幸せそうな顔してる訳。









何か?そんなに俺が料理できるのがいいことなのか?それとも中尉や准尉みたいな心境になってくれてるわけ?悪いけどそうだとしたら俺は意外を通り越してビビるね。あんたいっつも俺に何かと借り返せって人使いが荒いくせに(児童酷使で訴えるぞ・・・・って、自分で子供って認めちゃったよ俺)。

アルは続けた。
「形がすごいんですよ。ほら、偶にいるじゃないですか、見た目と味が一致してない人。兄さん、味は美味しいのに形がある種の芸術品だから。ウィンリィにも滅茶苦茶言われてましたよそれで」
「・・・・って、余計なことまでバラすんじゃねぇよアルッ!」

ぼーっと黙って聞いてたらいきなり過去の話まで引っ張り出されて、俺は驚いて、意味ないけどアルの口を塞いだね(本人には悪いから云わないけど、鎧の体ってどこから声出してんだろ、ホント)。けどそんな俺にとっちゃすげえ必死の攻防戦も、周りの軍人様ご一行の前では微笑ましい光景にしか映らないらしい。どっちも咎めないで傍観者に徹してるだけ。
・・・・・くっそ、わざわざ皆が暇なときに来られるように気ぃ使うんじゃなかった・・・・。

とか、思ってたら。
「つまり大将は、大佐と似たようなパターンの人間ってことか」

と、ハボック少尉が何かすげぇ面白そうなことをぽろっと溢したから、俺は即座に少尉に向き直った。
大佐が、口出しはして来ないものの、口元が引きつったのが見えけど、そんなもん無視だ無視。
「どーいうこと?」
「大佐のは大将と逆・・・・とまではいかねぇけど、あんま一致しないなぁ」
「不味いの?美味いの?」
「不味くもないけど美味くもない。で、飾りつけは綺麗。いろんな意味で、あの味を出せるのは凄いと思うぞ」

貶しているのか褒めているのかいまいち判断がつかないことを言うもんだから、俺は少し混乱した。
ていうか、本人(しかも上司)目の前にいるのによくこうはっきりと言えるよな。・・・・まぁ、此処って元々階級違うからって仕事以外で喋り方正すような所じゃないの知ってるし、だから結構・・・気に入ってたりもするし。
なんか頭の中で言っただけなのにすっごい恥ずかしくなって、俺はぶんぶんと頭を振って意識を別の場所に持って行こうと顔を上げた。
ら、なんか思い当たりがあるみたいで苦い顔してる大佐の視線にぶつかって、ちょっとだけ大佐が不憫になった(ちょっとだけな!)。
「・・・・・・・・・・大佐、普段料理とかしてる?」
「外食で事足りるのでな。殆どしない。そんな悠長な時間もないし」

うっわ。流石大佐様で国家錬金術師殿。すっげー余裕のお言葉どうも。
ついでにあんたの周りの部下の目が『余裕あるなら奢れ』って訴えてるのわざと目線外して拒否してやんなよ。
・・・・まぁ、常に外食、飯作ってる暇があるなら錬金術書でも読んでる!っていう同類の俺が言えた義理じゃないんで黙っとくけど。

中尉がふと、アルを向いた。
「そういえば、アルフォンス君は?料理出来る方なの?」
「できるよ。少なくとも俺よりは」
代わりに俺がそう答えると、アルは笑って付け足した。
「普通です。味に関しては兄さんの方が上ですけど。・・・兄さんと一緒に手伝ってたりしたんで、多少のことならなんでも」

『誰の』、なんて聞く馬鹿はさすがにいなかった。少し考えれば、母親の手伝いっていう答えは一般的に考えてもすぐ出てくる。
過去が消えることはないし、俺たちは一生忘れちゃいけないことだけど、もう気にしてないことでもあった。

皆は、そう思わなかったみたいだけど。
ほんの一瞬、重い空気が漂った。どうにかしなきゃ、と思ったけれど、それは全員同じだ。(空気を作った本人のアルなんか特に)


「知ってるか?鋼の」


いきなり話吹っかけてくんなよ。空気読めねぇのかよ馬鹿大佐。
「錬金術は台所から発生すると云う者もいるように、実際に、料理はその人間の錬金術の腕前を表しているらしい」
「・・・・・どーせ俺は、アルと違ってディテール最悪ですよ。大体、じゃぁ大佐はどうなんだよ!並ってことになるじゃんか!」
「私の焔?勿論応用は利くとも。」
うあ、ムカつく。しれっと言いやがった。

水を電気分解して、水素にしたら、焔を加えれば、ある程度の爆発は引き起こせる。
だから、雨の日は無能だなんだ言われてるけど、その雨の日こそ実は大佐の独壇場だっていうのは知っている(但し、火種がないとそれすら無意味とも言えるけど)。
その方法を、どこで利用してたかは、あえて考えないようにしておく。
・・・・・・まぁからかうの面白いから、知らないふりして一緒にからかうけど。大体、大佐はその事、中尉にすら明かしてないみたいだし。
信用してないとかじゃないな、絶対。自分から無能呼ばわりされようとしてるっていうか(その割に連呼されるとキレるけど)わざと「私は有能ではありません」って宣伝してるっていうか。そんなに上からのやっかみってのは厄介なもんなんだろうか。

なんだかんだ言っても、そんなの想像もつかない俺はやっぱり、大佐達からしてみりゃ十分な子供なんだろうな。
あーもう悔しい!
何だかんだと喚いたところで、この余裕ぶった大人の前では何の役にも立たない。
これが、俺とこの人の14年の差なんだろう。大佐だって無駄に生きてる訳じゃない。寧ろ、人生全体に関して言えば、きっと誰よりも無駄なく生きてきた人だから。ムカつくけど、尊敬してたり。尊敬してるけどやっぱりムカついたり。
大佐にとっては・・・・いや、この人らにとっては、俺もアルも、まだまだ子供で、“庇護する対象”でしかないんだろうけど。

(俺も・・・・・・まだまだってことかねぇ)
椅子に、逆方向に座って、背もたれの場所に頬杖をつくとしみじみと思った。
だけれど、いつかはこの大人たちに、護られるだけではない自分になりたいという気持ちを心に秘めて。













「・・・・・・ところで、鋼の」
「んぁ?」
「折角此処にいるのだし、明後日に課外活動の一環でサバイバル料理研修があるのだから参加して作りなさい」
「あぁ!?何で!・・・・しかも命令かその言い回しは!!」
「そうね、私も興味あるわ。エドワード君の手料理」
「俺も俺も」
「あ、僕も」
何も言わない約二名も、さりげなく同意見とばかりに首を縦に振ってるし。
「・・・・・・・・・・・・」
「兄さん、もう諦めて作りなよ。面倒くさいとか思ってるんだろうけど」

大佐が相変わらず毒気抜かれそうな表情で微笑んでるけど、とりあえず視界に入れないようにして。
やっぱり、お遊びになっても、色んな意味でこの大人たちには適わないと実感する俺だった。


みんな嬉しそうだから、もういいんだけどね。





8/25記。

うちの東部の方々、エド構うのとかからかうが大好き。

たまには息抜き。ちょっとは気晴らし。










ロイエド。ある意味でエロい。




 レ ン ア イ 理 論 。




「そもそも、恋愛感情ってのは、人間の生殖本能を促すためにある、いわば遺伝子の信号みたいなもんだ。」

「・・・・・・本ッ当、錬金術師らしい意見だねぇ、それは」

「本当のことだろ?どんなに純愛だなんだってオブラートに包み込もうとしても、恋愛すると最終的に相手とひとつになりたいと思う。それが子孫繁栄に繋がる行為のきっかけになる。人間には理性がある。理性が本能を邪魔をするから、恋愛感情なんてものがあるんだ」

「・・・・・まぁ、そうだろうがねぇ」

はぁ、と大人は大袈裟に溜息を吐いた。見せ付ける、というよりは本当に呆れてしまったかのような態度だ。
しかし子供はそれを気にする風もなく、ただただ淡々と、自分の意見を述べる。

「だから異性を見るとドキドキしたりする。・・・・・女もそうだけど、特に、男がよく浮気するっていうのも、ライオンの雄がハーレム作る行為と大差ないんだ。より多くの子孫を残そうとする本能が、男を浮気に走らせると」

「ということは、君の意見からしてみると、浮気する男は本能で動いてるから黙認してやれ、ということになるが?」

「違ぇーよ。人間には理性が備わってるんだから、本当に好きになった女としかやりたくないって思えば自分を押し込むことだってできる筈だ。・・・・出来ないのは、そいつの本能が獣並だからってことだろ」

「・・・・手厳しい評価だな」

「間違っちゃいないだろ」

「そりゃぁ、そうだ」

少年の潔癖なところは、むしろ神聖にも見えた。実際にそれを言えば、彼はきっとあからさまな嫌悪を表した後、自嘲しながら「俺は違うよ。そんな綺麗なもんじゃない」と答えてくるだろう。
そんな、本能だとか理性だとかからかけ離れた世界に身を置かせてしまっている弟のために。彼はこれからも真実の嘘をつき続けるのだろう。もし、一生元に戻れなければ、一生ずっと。

「気持ちいいもんだって聞くけど、俺は逆だな、反吐が出そう」

嫌悪を隠すこともなく、少年はぽつりと呟いた。それが酷く、大人の加虐心を引き立てることになるかも自覚しないまま。
「それは、自分の意見か?アルフォンス君のために堪えている意見か?」
「どうして、そう思うんだよ」
「うん?・・・・自虐の好きな人間の考え付きそうなことを言ってみたまでだが」
「何、その言い方。まるで俺がそういうの好きな変態みたいじゃん」
「そうは言わないが・・・・・もしかして、鋼の。君、経験もないのか?」

何の、とうっかり問うのは馬鹿のすることだ。
即座にそれが何を指すのか理解した少年は、羞恥で顔を真っ赤に染め上げたまま、勢いよくソファを立った。
「セクハラ発言かます前にとっととその書類全部仕上げやがれ!!」
「ふむ。・・・・・そうしておこうか」

あっさりと引き下がると、大人のそれまで鈍い動作だったペンの動きが嘘のように早まる。
半ば唖然とその様子を見ていた子供は、いきなり静寂の戻った部屋の雰囲気に、先程とはまた別の意味で恥ずかしくなって、すとんと腰を下ろした。
「でもね、鋼の」
「んぁ?」
「もしも、先程の話が後者なのだとしたら」





私が、モラルも常識も忘れて君を満足いくようにさせても一向に構わないくらいには、想っているからね?






「・・・・・恋愛感情にも、稀に同性同士で発展することもあるけど、あれくらい非生産的で空しいものはないよな。」


予想通りの言葉に、大人は笑った。意味も意図もない純粋な笑いだった。

それでもやはりその言葉は、『錬金術師』としての少年の意見でしか、無かったのだけれど。




9/4記
夢、壊したらごめん。根本に戻って恋愛感情の起源を考えたときの私の意見そのままです。
ていうより、据わったときの私の恋愛感。こんなやつが犬かごラブラブとか書くと詐欺っぽい(苦笑)ていうか大佐問題発言。











心配と衝動的暴力は紙一重。






「現状を、エドワード君が見たらきっと、殴られますよ、大佐」

様子を見に来たホークアイにそう言われ、ロイは思想に耽り、眉根の間に何本も寄らせていた皺を解いてホークアイの顔を見た。彼女が、気落ちしている自分を和ませようと話しを持ちかけてきたのは容易に想像できた。その優しさを有難く思いながら乗ってやることにした。
「何を言う。あれが私の心配をするとでも?」
「嫌っている素振りを見せるのは、・・・・彼が同属嫌悪をしているからでしょう」
つまり自分も彼と同類だとはっきりと言われて、ロイは露骨に嫌な顔をした。
「・・・・今回のは彼がいたところでどうにもならんよ。先日の件でまた、盛大に嫌われたからな」
「仕方のないことだとは思います。あの場にいなかった方が、安全だということも。しかし」
「蚊帳の外だと、喚かれそうだな」
知られる前に完治したいがそこまで私も化け物ではない、とロイは冗談交じりで返しながら、そんなことが出来るのだったらハボックもあのときにすぐ助けられたかもしれない。生憎、自分の分野の錬金術は生体分野には及んでいない。どちらかといえばそれは、そう。エドワードの分野に近い。そんなことを考えつつも、表情にはおくびにも出さない。
「それもあるでしょうけれど・・・・・大佐、ひとつ失念されているなら申し上げますが」
「何だね?」
「・・・・あの兄弟の絆が、尋常ではないと称されたのは他でもない大佐、貴方ですよ?」
ぴくり、とロイはホークアイの言う一つの可能性を発見してしまった。口に出すより早く、それまで静観を決め込んでいたハボックが目を閉じたまま口をついた。
「そりゃ、大将も怒りますわな。完全にじゃないとはいえ、蚊帳の外に出された挙句に戻ってくれば弟は半壊、理由を問い質しにくれば俺らもこんな状態、と」
「なんだかんだ言いつつも、エドワード君はこちらに気を遣ってくれていることもあります。少なくとも嫌われている訳ではありませんから」
「そもそも言っちゃなんですが、あの極度のお互いブラコンなのの片割れが黙ってる筈ないじゃないっすか。多分大佐の現状を見ても・・・・いや、見たら余計だな」
「ええ・・・・」
「「殴られますね」」
そりゃあもう盛大に。






後日、一回りも下の子供からどうやって逃げ遂せようかと画策している上司の姿があったが・・・・誰も何も口出ししようとしないのだった。



11/16記
メモ帳あさってたら、ガンガン11月号を読んですぐに書いた小話が出てきた。
ハボーーー!!!(涙










精神的親子なロイエド。




どんなに怒鳴りたい状況に置かれようとも、慌てず騒がず普段の冷静な表情で指示をする。
自分の専売特許のポーカーフェイス。


けれど、子供の吸収力の速さには、もう負けを認めなくてはならないかもしれない。
















「可愛いお姉さん、俺と一緒にお茶飲みに行きませんか?」

そう、軍の受付嬢にのたまったのは、女性の扱い東部NO,1と噂される司令官殿ではなく、それより一回りも小さな子供。
しかし、女性の片手をそっと取り、紳士の如き動作で、やんわりと微笑みながら言う仕草は、凡そようやく10代の折り返しを迎えた少年のものではない。
此処、東方支部ではすでに知らない者はない。いや、軍人であれば、少なからず一度は耳に覚えのある名前だろう。
エドワード・エルリック。または鋼の錬金術師。

12という年齢で、大人でも困難と云える試験を、当然とばかりに一発で合格し、且つ焔の錬金術師で大佐地位にある大人とタメグチを利く、ある意味での猛者。錬金術師でない一般人すらもその名を知っているという素晴らしい知名度を持つが、本人の容姿は実際、そんなに知られていない。
琥珀色の髪や眼。焔を宿した瞳は、いっそ神々しいまでの輝きを放つが、本人はそんなことにひとつも頓着しない上、身長について公言されると問答無用で暴れ出す。黙っていれば美少年だが、その本質を知っている者にとっては、小生意気な可愛い弟というくらいの認識しかない。
そんな彼の弟は、鎧の身体(と、エドワード本人は認めたくないだろうが“ちょっとばかり”小柄な体躯)ゆえにしょっちゅう兄、彼の弟だと正確に判断されない。むしろ、今まで一発で正解できた人間はいない。
それは、兄の身長も少しは関係あるのだろうが、追及すると明日の朝日さえ拝めない・・・といえば大袈裟だが、少なくとも数日くらいは再起不能にさせられるので誰もつっこまない。

エルリック兄弟は、基本的に誰にでも優しい。しかし、兄は不器用な性格ゆえに、優しさが素直に出てこない。長男気質ゆえか、助けを求められると放置できないという性質を持ちながらも、母の面影を求めてしまうのか、とことん大人の女性には弱い。自覚はないだろうが思わず世話を焼きたくなるタイプだ。弟は、逆に穏やかな気質を持っていて、さりげない気配りができるタイプ。女性にモテそうな性格をしている。身も蓋も無いが、簡潔にまとめると道を誤れば(?)第二のマスタング大佐にもなり得る気質の持ち主だ。兄は死ぬほど嫌がりそうだが。



少し復唱する。エドワードは、基本的に大人の女性に弱い。

が、自分で声をかける事はない。
かけなくてもあちらから掛けてくるし、何よりそういう行動は軽薄だ、と本人はとても嫌っているから。

この辺は、周りの深く関わっている大人の男、たとえば幼い頃に会って以来なので記憶は薄いだろうがしっかりそこだけが印象に残っているような彼らの父であるホーエンハイムや、自分たちの後見人をつとめるロイマスタングなどの(大人の男=タラシという)あまり真似しない方がいい(笑)イメージがエドワードの根底に根付いてしまっているのが原因だろう。そして結果的にこの時期の青少年特有の潔癖な気性の影響で、この手の軽さを少年にとって余計に嫌悪の対象とさせてしまっているのは間違いないだろう。もっとも、それは誰にも、本人すら預かり知らぬ話ではあるが。

しかし、しかしだ。
(じゃあ、あれは誰だよ?)
ハボック少尉は、目の前で繰り広げられる会話を少し離れた場所で呆然と聞きながら、誰にともなく尋ねる。心中の声に誰かが反応する筈もなく、しばらく思考を停止した状態で見守っていた。
口説かれた方の女性は、最初は悪戯っ子を諌めるような口調で「どうしたの?いきなり」などと言っていたが、話が進むにつれて次第にその表情が真剣なものに変わり、ついには頬までうっすら染めている。

(おいおいおいおいおいおいおい!)
15歳で軟派はどうかと思う、とは言わない。自分の昔を振り返っても、少年くらいの年齢には若気の至りと馬鹿なことをやらかしていた記憶もあるし、むしろ禁欲生活にでも心掛けているのかと思うほど(実際は半分そうなのだろう)欲がない少年だから、そういうことの一つや二つあった方がいいとも思う。しかし、それにしても昨日会ったときの様子から正反対と言えるほど違う少年の変貌ぶりはなんなのだろうか?
優しそうにやんわりと笑い掛けるエドワードに、いよいよ本気で落ちそうな受付嬢、のやりとりを止めるべきか応援しべきか考えあぐねていると、後ろにふっと人の気配ができたことに気付いてハボックは後ろを振り向いた。
「あ、大佐・・・・・」

しかし、その声は彼の耳には届いていなかった。
目の前で相変わらず続いている妙な光景(ちなみに、傍観しているのは数十人で、ハボックだけではない。)を、口元を引き攣らせながらじっと見つめる上司の姿に、ハボックは首をひねった。冗談のつもりで、上司の目の前でひらひらと手を動かしてみたが、面白いくらいに無反応だった。
もう一度、そっと子供の方を見る。やがて、ハボックは少しだけ合点がいった。似ているのだ。ロイの手口と、今のエドワードが。
ただ、エドワードは、子供特有の甘えを利用して母性本能を最大限まで引き出す方法まで駆使している上、多分間違いなく無自覚なので始末に置けない気もするが。
いや、この際それはどうでもいい。

「大佐・・・・また大将になんか吹っかけたんスね・・・・」
ぴくりとロイの肩が動いたのを見て、ハボックは確信した。図星だと。
「・・・・・・本気にするとは、思っていなかった」
「はいはい、今回は何言って大将を怒らせたんすか?」
言い訳じみた意見を軽く無視してそう尋ねると、ばつの悪そうな表情でロイは視線をそらした。
「子供には、女性の口説き方も分からないだろう、って挑発したのよ」
「リ・・・・ホークアイ中尉」
呆れた表情と溜息つきで、ハボックの質問に答えたのは、いつのまにかロイの後ろに立っていたホークアイだった。
言われると、ロイは勢いよくホークアイに視線を向け「しかしだなっ」と、いまだ往生際悪く弁解しようとするので、ホークアイはにこりと、目の笑っていない笑顔で黙殺すると、そっとエドワードの方に視線を向ける。
「元々、東方司令部では人気のある子だから、とは思っていたけれど」
視界の端で、ロイがまたひくりと口元を引き攣らせたので、つられて少年の方を見て、思わず銜えていた煙草を落としかけた。
((・・・・・・増えてる・・・・・!!))

さっきまで、一人に対してだけ口説いていたのに、いつのまにか少年の近くには軽く女性の人だかりが出来ていた。
「私でさえ、軍内であんなことは・・・・・」とかぼそぼそと呟いている上司を放置して、ホークアイに視線を戻すと、彼女は手を頬に当てて溜息をついた。
「知っている?普段、あまり女性に進んで声を掛けない人って、本気で落としにかかると凄いそうよ?」
最たるものを目の前で目撃してます、と心中で呟いて、ハボックは複雑な表情を浮かべた。
「でもまだ大将、子供ですよ?」
「大人になったら素敵に化けると思うわよ?」

楽しそうに笑いながら、ホークアイが言うのに、少しだけハボックはむっとする。
「・・・・・どーせ俺は口説くの下手ですよ・・・」
「あら」
意外そうにホークアイが目を丸くする。
「私がいるのにこれ以上口説いてどうするの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
思い切りツボに入ったらしいハボックが、瞬間湯沸し機のごとく真っ赤になって、廊下にうずくまった。それを見て、本当に不思議そうに「どうしたの?少尉」などと訊くものだから、天然は恐ろしいとハボックは口の中でだけ呟く。
しかし、そんな微笑ましいやりとりにも気付かぬように、ロイだけはじっと、その様子を見つめていた。剣呑、というには少し角のない、しかし明らかに何かに憤り、また、困惑した雰囲気を彼は纏っていた。
実際のところ、彼自身も、自分が何を思い、どうしたいのかが判断付きかねていたのだ。目の前で繰り広げられる光景が、何となく苛立つ。子供が自分よりもモテそうだから、とか、そんな子供じみた理由でないのは確かだ。少しは悔しいと思うものの、それはそんなに気にするほどのものとは思っていない。では、だとすれば今自分が感じている憤りはなんなのだろうかと、本気で首をかしげる。

(口説き方が思い切り私のやり口だから?)

(あの豆が私に触発されたとはいえ、いきなり色恋に目覚めたような態度を取るから?)

きっと、どちらも正解で、どちらも間違い。
いきなり意地になって、今まであった距離を離そうとする少年に腹が立っているのだと思う。
やれやれ、何故私が子供にこんな感情を持たねばならんのだ、などと面倒くさそうに呟きながらもロイはつかつかと、その小さな集団に近付いた。いちはやく気付いたエドワードは、不審を浮かべた表情でロイを見上げる。
「鋼の」

仕事用の声音で話し掛ける。雰囲気に気付いた女性たちは、少しだけエドワードから距離を置き、ロイに道を開けた。
「調査を頼みたい。・・・・あとで、執務室に来るように」

今でなくてもいいよ、と無言で訴えられた気がして、かぁっとエドワードは顔を赤くした。
悔しそうに下唇を噛むエドワードに、ロイは満足そうに笑いながらも、先程とは正反対に、悠々とした態度でその場を去っていく。
見せ付けるかのように、リザとハボックの横をすり抜けていく上司の表情は、『いい玩具を見つけました』とばかりの表情で、リザとハボックは少しの間、見つめあい、やがて同時に溜息をついた。
(駄目だ、あの上司・・・・・)

厄介な大人に目をつけられたものだと、彼の部下二人はエドの不運を思わずにはいられなかった。
しかし、当のエドワードは、「忙しいの?」だの「時間大丈夫?」だのいう女性たちの声に、曖昧に微笑みながら大丈夫だよ、とさっきの状態を続行していたが。周りの男性軍人が、なんとなく羨ましそうなのは果たして見間違いだろうか。






かくして、あからさまに顔に『面倒くさい』と書いたまま、本気で心配そうな女性軍人の人だかりから抜け、エドワードはずかずかと勝手知ったる司令部の呆れるほどに長い廊下を歩いていた。あと角をひとつ曲がればすぐに見えてくる執務室に、今更のように逃げてしまおうかとも思う。
先程、あてつけの様にあの場で仕事の話を持ち出したのは、原因こそ定かではないが、少年の行動に対して何かしらの憤りを感じていたからだろう。しかし、仕事は確かに自分へ持ちかける予定だったものだと分かる。東西南北、信憑性がなさそうなものでも、自分たちが求める“賢者の石”なるものの情報が少しでもあれば一応確認するために何処へでも行く。その間に、時折東方地区の地層調査や視察の代行という名目で、“ご多忙中の後見人”であるマスタング大佐への恩返しに、その地へ赴き、依頼内容を的確にこなす。世間的にはこのような見解で行われているが、実際は、貴重な資料の提供への見返り、つまりは等価交換が、彼らの中で成立しているだけに過ぎない。
恩返し、などとは誤魔化すための理由だとしても薄ら寒い。自分も、おそらくあの上司もそう思っていることだ。
確かに、あの大人は自分たちの道を提示してくれた恩人だが、それ以上に、恩人だけではいられないほどに一癖も二癖もある人物であり、警戒するに越したことはないほど喰えない人物だ。
再会を果たし、国家錬金術師として推薦してくれたそのときからずっと保ち続けているスタンス。あるいは距離。
お互いに譲れないものを持ち、踏み込まれたくない領域があるから、そこは決して超えない。利害が一致しているから今の状況が成立しているだけであり、そうでなければエドワード・エルリックという少年が、一回りも年上で国軍大佐であるロイ・マスタングという人間と面識を持ち、しかも仕事を押し付けられる(エドワードの認識的には、やはり任されるというよりは押し付けられるといった認識の方が強い)間柄である筈がない。誓ってそうだ。

妙な再確認を脳内で簡潔させると、エドワードはよし、と握りこぶしを作り、最後の角を曲がった。

・・・・このようなことを考えるのには理由がある。
利害の一致という割に、自分たちは最近、距離が近過ぎるのではないだろうかという、恐怖にも似た危機感があるのだ。自分は彼を利用するし、彼も自分を利用する。そこには手駒だとか、手段だとか、そんな言葉が一番相応しいと思っていた。それなのに、これはすでに軍内でも言えることだが、親しくなればなるほど、互いの距離が縮まるのは当たり前で、実際、自分たちはかなり周りの大人たちに気を許してしまっている。その“当たり前”が、リザやハボックの間だったら特に何の抵抗もないくせ、あのロイという人物には異常なまでに近付きたくないと思ってしまう。
気に食わないとは思っても、嫌悪まではいかない大人を厭う理由が己でもわからずに困ってしまう。
恋愛感情、なんていうそれこそ鳥肌が立ちそうなものは、互いに存在しないと思いたい。しかし、ひどくそれに酷似している感情があることは、いかにその手の話題に疎いエドワードでも察していた。だからこそ、近付きたくない。

(たとえるなら・・・・・親子愛、みたいな?・・・・・やめよ。寒い・・・・)

ぶるりと小さく身震いして、エドワードはかつ、と踵を合わせた。正面の扉を睨み付ける。

親子愛、なんて生易しいものではない。根底にあるのが好意だとしても、これはある意味、ロイとエドワードの駆け引きという戦。
ノックなしに開けてやろうか、とも考えたがやめた。ここの大人たちはそれをすべて許容してくれるが、だからといっていつどこで誰がその無遠慮な自分の様を見て、口煩く言ってくるかわかったものではない。
いくら自分が血気盛んとはいえ、自分からわざわざトラブルの種を拾ってまで喧嘩したい馬鹿ではない。

鋼の右手でわざと少しだけ乱暴にノックをすると、返事も待たずに扉を開けた。
どうせそんなものは確認しなくても、この大人は訪問者が誰であるか悟っているのは分かっている。

「やぁ、鋼の」

そらぞらしい挨拶に、エドワードは不遜な笑いを浮かべて、戦開始の合図を述べた。

「ご機嫌麗しゅう、大佐。俺に用事ってのは仕事か私用かどっちの割合が大きいわけ?」


静かな戦が、再び始まる。大人の満足そうな顔には気付かないふりをして、子供は口の中で嘲るように笑った。






これは恋愛感情じゃないんです。単なる親ばかが息子取られて、でも女性にあたるわけにもいかないから息子に怒りぶつけてるとかそんなんです(説明ないとわかり難いって)家族愛も行き過ぎると恋愛に見えると思いますが・・・・親子ロイエドです!!(主張)
(04.11.27)













ちょっぴり恋人疑似体験(かなりヤラセ)




一日限定ダーリン





「大佐ぁ〜、今夜付き合って欲しいことあんだけど」
「はっはっは。構わないよ鋼の。むしろ一晩中でも付き合ってあげようか?私の寝室で」
「やっだぁ!大佐ってばセクハラ発言すんなよっ仕事中だぜっ?」
「そうだったなぁ、君と一緒にいるとつい忘れてしまうよ」
「じゃあ早く仕事終わらせて、あとで俺にかまってよ」

バガンッ!ガコキャッッ


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何かしら、あれは」
力の限り全力で扉を閉めた後、ゆっくりと“彼女”の片手が腰のリボルバーの安全装置に伸びていることに気付いて、ハボックは慌ててリザの腕を取り押さえた。

「ブレイクブレイク!おっ落ち着いて!とりあえず銃は拙いっス中尉ッ!」

扉を閉めた拍子に飛び散った木片も踏み潰したせいで、足元でざり、と嫌な音がする。何の木片かと考える必要はない。
それよりもまず本気で真剣に考えなくてはならないのは、表情はさして変わっていないのに、問答無用で上に持ち上げようとしている筈の上司を下まで突き落とそうと(と、いうか二つ上に昇らせて、そこから上へは永久に進めなくしようとしていると言った方が正確だ)する程に冷静さを失っている彼女をどう宥めるか、だ。
その場にはいつものメンバーも、少年の弟もいるのに、実際黒いオーラを放つリザを止めているのはハボックだけだ。薄情者、と内心で毒づきながら彼はようやく、一応銃に手を掛けるのだけはやめてくれたリザの手を解放してすぐに正面に回り、その肩を掴んでじっと、スカイブルーの瞳を見つめた。
「気持ちは分かりますけど、あれただの遊びなんスから!ね?!」
「あ、あそび・・・・・・・?」
奥でリザの気迫に恐怖し、壁とお友達になりながらびくついていたフュリーが不思議そうに言うと、同じく隣でクッションまで被って防災訓練をしているブレダとファルマンがフュリーを振り返り、説明した。
「昨日、大将と大佐が本ッ当どうでもいいことで喧嘩したんだよ」
「最後は引ッ込みつかなくなったんですね。『じゃあ明日、なりきり恋人ゲームして、耐えられなくなった方が負け』って啖呵切って、今日の有様に・・・・」
「ど、どんな喧嘩してたんですか・・・?」
至極まともな疑問に答えたのは、おそらくこの面々の中では最も心境が複雑であろうアルフォンスである。
「要約すると女性に優しくできるのと、猫被るのどっちが巧いかって喧嘩らしいです」
「大将があいてだと、大佐もえらい子供っぽいしなぁ」
「・・・・程があるわ・・・・」
フォローのつもりで発したらしいハボックの言葉に、リザは頭痛がするとばかりに頭を抑えて低く唸る。無理もない、と思いながら、一同も苦笑する。
「それにしても・・・女性に優しくだったら方法も他にあったんじゃ・・・」
「兄さん曰く、『本当の女の人相手に勝負して大佐の毒牙にわざわざ引っ掛けるくらいならお互い犠牲にした方がマシ』だそうです」

ああ、確かにそういう意見がすぐ出てくるあたり、エドワードも自覚していなくてもかなりのフェミニストに成長できる要素ありってことか、と。
なんとなく妙な納得をした一同は、直後に、だとしても大佐のようなフェミニストにだけはなりませんように、と祈らずにはいられなかった。
「それにしても、珍しいわね・・・・」

ぽつりと、リザが言い、一同はうんうんと頷いた。不意にアルフォンスが腰をあげて、端が微妙に欠けた、扉を少しだけあける。

「だからさぁ、前に取り寄せ要請した資料って今どこなわけ?」
「ああ、それならさすがに軍からの取り寄せはかなりの問題になる超ど級極秘資料だから、私の個人名義で取り寄せて今は自宅にあるよ」
「えっマジ?・・・悪ぃ、余計な手間掛けさせたな、大佐」
「おや、君から私への素直に感謝の言葉とは珍しい」
「!・・・俺だって感謝するときゃするし、謝罪するときゃすんの!それくらい分別つくよ!」
どうやら、普段の状態に戻っているらしい。先程のリザの乱入がきっかけなのは考えるまでもないだろう。正直、ゲームと分かっていても心臓に悪い光景だったので、ハボックはほう、と息をついた。隣で部屋を覗き込むリザも同様のリアクションを見せた、が。

「そうか・・・・・そうだったね、少し誤解していたよ、エドワード」
言って、いたいけな(と言うほど可愛らしい気性ではないが)少年の顎をくっと上げるロイに、リザは再び手を腰に伸ばすが、またも即座に気付いたハボックに阻止された。
「止めないでハボック少尉・・・上司が犯罪者になる前に止めることも」
「部下のつとめではないと思いまスよ。ゲームですって、だからッ」
と、いうより止め方に問題ありだ、とハボックは内心で呟く。

扉の奥からぼそぼそと聞こえる会話で、さりげなく「やめろ」と「嫌だ」の応酬をしていることが知れた。しかし、延々続きそうだった静かな言い争いを、それまで無言で静観していたアルフォンスが不意に「あ、」と漏らす。
「どうした、アル?」
「いや、なんていうか・・・・・・・・・そろそろ“来る”よ、兄さん」
『?』
意味が分からず、一同は顔を見合わせ、首を傾げた。端に寄っていた三人も、扉に近付き、改めて六人で部屋の中を覗き込む。
「・・・――も、可愛らしいね、エドワード」
「そ、んなことないよ。大佐の方が、・・・・か・・・・」


げふり。ぱたん。


「わーっ!!兄さん!?」「大佐!?大将!!?」

いきなり吐血して、二人同時に倒れたロイとエドワードに、さすがに吐血というリアクションは予想していなかったアルフォンスと、つられて叫んだ面々は、思わず覗き見していたことも忘れて駆け寄る。アルフォンスがエドワードを、リザがロイを軽くゆすると、二人は重たげに瞼を開いて、言った。

『限界、気分悪い』

見事にハモるとそのままくたっと倒れこむ。そんな二人を心配半分、呆れ半分で見つめる面々の意見も一致した。
(なんだろう、この馬鹿二人・・・・・)
と。













連れて行った病院で、医師に
「胃に穴が開いてますよ。何か辛いことをされたんですか?」
と問われて、心当たりがありまくる二人はただ、曖昧に返事を返すだけだった。
とりあえず、付き添いと足としてついてきたリザ、アルフォンス、ハボックは、後ろの方で肩を竦めながら、頭を抑えるしかないのだった。

ただ、思ったことはニュアンスこそ違うけれど、全く同じ一つのこと。

“胃に穴が開くまで我慢する馬鹿を、どうやって嗜めよう・・・・”

後日、いくら負けたくないからといって、体調に異常をきたすほど我慢することを禁止と言い渡された、天才なのに馬鹿な国家錬金術師二人が、決まり悪そうに唸っていたことを、後日談として語っておこう。





FIN
なんていうかもう・・・・色々ごめんなさい(土下座)とりあえず大佐の『エディ』呼ばわりだけは嫌です。そもそもラブラブさせるということ自体が無理(汗
最後の元ネタはファンなら分かります(笑)(04.12.1)












戦においては、的確に迅速に相手の弱点を見抜くべし(笑)。




幸せと地獄の境目







「先に断っておく。私に同性愛の趣味はない」
「へ?」
きっぱりと言い切ったあとで、唐突に抱きしめられた。当のエドワードは状況が飲み込めずに暫し硬直した。
人に抱きしめられたのは、軍の狗になった今となっては一度もない。一度、時間が惜しいという理由で体調が悪いのを隠し、我慢に我慢を重ねたせいで街の往来で派手に倒れたとき、アルフォンスが慌てて自分を抱えて宿まで走ってくれたことがあるが、それはカウント外だ。
それにしても、あのあとはひどく弟に怒られたものだ。

いくら弁解しても問答無用で説教を続けるアルフォンスに、「さすが俺の弟」と妙な関心をしてしまったものだ・・・・と、そこまで考え、現実逃避している自分に気付いて、エドワードは自分を抱えている上司ことロイの腕の中で頭を振った。次の瞬間には胸板を押し返しながら、とりあえず一応上官だから暴力もまずかろうと、悪態をつこうと口を開く。
しかし、その口が雑言を吐くより先に、ロイの指先が触れた場所にびくりと反応して、小さく呻き声を上げた。あげそうになった叫びを咄嗟に噛み殺せたのは、悲しい習慣のために過ぎない。
「・・・・・ここか」
「っ・・・・てめ、いきなり何・・・」
「はい、ちょっと失礼」
「っぎゃぁ!てめ何しやがるこのセクハラヤロー!」
タンクトップを捲られ、さすがに黙ってはいられなくなった状況に思わずエドワードは吠えるが、“それを”を確実に見つけたロイが、はぁ、と盛大なため息をついたあと、静かに睨んできたので言葉に詰まった。

「・・・『この前よった村で捕り物に偶然出くわして、兄さんが飛び出していったんです』」

声色を変えたロイに、「気持ち悪ぃ!」と悪態をついてやろうかと思ったができなかった。
ロイが再現しているのが、この世でたった一人しか自分をそう呼ばない人物のものだったから。
「『事件はすぐに片付いたんですけど、どうやら兄さん、どこかに怪我してるみたいで。でも問い詰めてもしらばくれるし病院にいこうとしてもすぐ逃げるんでどうにかしてくれませんか?大佐』だそうだ。まさか、病院が怖いなんて幼児のような駄々をこねてるわけではないのだろうが・・・それにしても君の弟君は大変に優秀だね、誰かと違って」
応急処置程度しか施されいない腹部の傷口の傍を指の腹で撫でながら、アルフォンスに言われたらしいことを完全に復唱して感想までご丁寧に述べるロイに返す言葉も見つからず、エドワードは決まり悪げにたくし上げられたシャツを下ろして黙り込んだ。
「さて・・・その様子では傷口は塞がりきっていないな?まぁ、昨日の話で、24時間と経っていない筈だし、おざなり程度の処置ではそんなものか。――事実、私は君の怪我を発見した。はぐらかしは通用せんぞ」
さぁ、どうする?とおかしそうに腕を組んで笑う上司に、エドワードは遠慮も何もなく、忌々しそうに舌打ちすると、どっかとソファに座り込んでそっぽを向いた。
「・・・・何が言いたい」
「おや?ご高尚な最年少国家錬金術師殿はもう分かっていたと思ったが?・・・上官命令だ。上を脱ぎたまえ。脱がされたいか?もっとも、私が脱がせるのは女性せ」
「分カリマシタ。脱ギマスンデ凝視シナイデクダサイクソ大佐」
棒読みで、眉根に思い切り深い皺を作ったまま言い放つとエドワードはぶつぶつ文句を言いながらタンクトップを脱ぎ捨てた。

無駄のない引き締まった体に不釣合いな銀色を放つ機械鎧。その丁度下あたりのわき腹に当てられた処置用の布を惜しげもなく剥ぎ取ると、できかけていたかさぶたも剥がれたか、赤色の混じる半透明な液体が流れた。部屋の中の鉄の匂いが強まる。エドワードは僅かに眉をしかめながら、小さく口の中で歯噛みするだけで、ロイは内心その忍耐力に感心しながらもそれを表情に出さない。
そんなに乱暴にするものではない、と嗜めようかとも思ったが、黙っておいた。そなえてあった救急箱をぽん、と叩きながら少年を手招きする。

おとなしくよってきたと思ったエドワードはしかし、触れようとしたロイの手を跳ね除けると救急箱だけを取ってすぐに距離を開けた。野生動物のようなそれにロイが含み笑いを浮かべると、「悔しがってます」とでかでかと書かれた顔のまま、意趣返しのつもりか言い放つ。
「俺に同性愛の趣味はない。あんたにこんな些細なことでまで借りって言われんのムカつく。・・・自分でやるからいい」
「・・・君の為にわざわざ時間を割いてやった時点で、十分に“貸し”だと私は思うがねぇ」
「ぐっ・・・・・」
理解していたが目をそらしていたらしい事実をあっさりと口にされ、エドワードは固まる。何とかして言い返したいのだろうが、口から搾り出されるのは、正体不明の獣のような唸り声にしかならない。揶揄も何もない笑みを浮かべて、ロイは少年の傷口を指した。
「ああ、ほら。君の無駄に元気な白血球がこぼれているよ」
「無駄にって言うな!!」
言いながらも慌てて清潔なガーゼにそれらを染み込ませながら、エドワードは手際よく正確な消毒液を選び出し、新しいガーゼに消毒液をしみこませる。そこまで来て、エドワードはちらり、とロイの様子を窺った。
「・・・・・・なんだね?」
「っ何でもねぇっ!」
半ばやけくそになりながら言い捨て、消毒液をしみこませたガーゼを傷口に押し当てた。半乾きしていたものとはいえ、必要以上に力を込めて当てたそれに、自業自得ながらじくじく痛む感覚に苛まれた。
「くっ・・・・・ぅあっ・・・」
思わずうめき声をあげたあと、無意識とはいえあげた声が恥ずかしく、エドワードはほぼ反射的にロイを睨み付けた。しかし、予想していた意地悪い笑みの代わりにそこにあったのは、呆れたような、どこか気遣ったような表情だけ。絶対に揶揄されると身構えていたエドワードは肩透かしを食らったような気分で、顰めていた顔を解いた。ぽかんと無防備に見上げる様が珍しく年相応だったが、本人はまったく気付いていなかった。
「・・・・・どうした?」
「え?・・・・・・あ、いや、別に・・・・・」
どう返していいか分からず、エドワードはお茶を濁した。分かっているくせにわざわざ聞き返すとは、なんと性質の悪い大人。そう思いながらも、ロイは組んでいた腕を解いて椅子を立つ。未だに顰め面のまま、傷口にそろそろとガーゼを当てているエドワードの横へどっかと座る。とたんに、猫がそうするように、少年の全身の毛が逆立ったように見えた。暫く俯いて小さく震えていたが、唐突に吊り上った目をロイに向けた。少し涙目になっているが無言だ。どうやら振動が傷口に障り、半端なくいたいということを伝えたいらしい。深くもないが浅くもない傷口は痛みが相当であることは経験者が一番分かる。手の動きだけで謝罪すると、少し納得行かなそうなじと目を向けながらも、もういいとばかりにため息をついた。
「も、いいよ大佐。俺ちゃんと自分でするから大佐は仕事戻れよ」
「・・・・・はい、ばんざーい」

このやろう。

エドワードの科白を完全無視して妙なことを言う大人に、エドワードは額に青筋が立つのを感じた。いや、それより脱力して物も言えない。問答しても負けるのは目に見えていたので、何がしたいんだよという意味をこめた視線を送っていると、
「いくら私がいい男だからと、見惚れんでも「誰が見惚れるか常春大佐!!」
とんでもない言葉を発され、すかさず叫んで返した。傷口に響いて顔が引き攣ったが、怒りを込めた視線だけははずさない。はぁ、と息を吐き出すと、ロイは包帯を見せた。
「包帯を巻くだけだ。要らんとかぬかさんように。君の手当てに当てた時間は私の休憩時間に換算するように中尉と交渉済みだ。せいぜい私の休憩時間を増やすのを手伝ってくれ。等価交換でいいから」
俺が割に合わねぇ、と言いかけてやめた。この大人に貸しを作るのは、できる限り遠慮願いたかった。
妙な気恥ずかしさを感じながらも、エドワードは腕を少し上げて脇下に少しのスペースを空けた。
「んじゃ、とっととやってくれよ。このあとアルと約束してるから」
急げ、と言外に言うと、ロイはくすっと笑って包帯を広げた。
「上官命令を増やそうか。――なるべく怪我をせず戻って来い。備品が勿体無い」
ロイの空気が穏やかなのを確認するとエドワードは笑って答えた。
「了解、善処いたしますクソ大佐」

冗談のような、敬わない敬礼とともに。

「・・・・・・上等だ」
宣戦布告のような肯の言葉に、ロイはにやりと口の端に笑みを浮かべた。




FIN

最近すごく殺伐としたロイエドが好き。大佐はエドのこと追い詰めるだけ追い詰めてポイ捨て(うわ最低)なのにエドが他の人に懐き始めると即回収に行く。必要以上に冷たくしてるけど本当は構いたくて仕方ない。そんなヘタレ大佐だとちょっと萌え・・・・
最近、最後が報われるなら鬼畜でもいいや(ロイエド限定)とか思い始めてる自分が危険だと思う(そりゃあな)。
(04.12.25)