便乗告白。
「あー・・・・・・やっぱ性に合わねぇわ、うん」
唐突に呟いた言葉に、ウィンリィはきょとんと首を傾げた。
それもその筈。いつものように唐突に戻ってきて、いつものように唐突に「飯!」と叫んで昼飯(朝餉にも近かったが)を強請り、いつものように機械鎧の整備を頼み、いつものように、少女の横で呑気に読書を始めて・・・・・
少なくとも、この台詞が吐き出される理由が、少女には皆目見当が付かなかった。
いっそマニュアルでもあるのかと突っ込みたくなるくらい普段通りの少年の、この行動のどこら辺が性に合わないというのだろうか。
確かにエドワードはじっと無駄に時間を過ごすのを端的に嫌っているが、現在のエドワードは、また何処から発掘したのかも知れない色褪せた革表紙の本を自発的に読んでいただけである。別にウィンリィやアルフォンスが、『大人しくしていろ』と言い含めた訳ではない。
では、読んでいる本(勿論十中八九錬金術書である)の内容が、自分の方法と合わないのであろうか。
嫌、それはないだろう。
少なくとも、帰ってきてからも後生大事に抱えているくらいに大事にしているものだ。錬金術の分からないウィンリィにとっては解読不能の暗号のような書物であっても、エドワードはアルフォンス共々、幼い頃から平然と『なんとなく』で理解して読んでいたという末恐ろしい(実際そうなった訳ではあるが)子供だったのだ。その根本的なところは未だに変わっていない。
多少自分の分野外であろうと、少年は自分流に噛み砕くことくらい難無くやってのけかねない。
という訳で、内容が性に合わないという考えもパスだ。絶対違う。
じゃぁ、彼の指す性に合わないこととは何だろう?
珍しくも真剣に考えていたウィンリィの頭からは、本人に直接聞く、という手段がすっかり消え失せていた。
外したままだった螺子を、半ば上の空で丹念に締めながら、エドワードの方をぼーっと見ていた。
彼の後ろの窓から、ピナコの手伝いをしているアルフォンスと、周りを駆け回るデンが見えた。何故か毎回の恒例と化しているが、エドワードはウィンリィの傍で大人しく本を読んでいるか、ぶらぶらと散歩に出かけるかのどちらかで、アルフォンスは、ピナコの手伝いで何かと力仕事を主に手伝っている。
彼等兄弟の中で、取り付けられた約束でもあるが如く、エドワードはどんなにロックベル家が忙しそうでも、頼まれるまで手伝わないし、アルフォンスは、どんなに暇そうでも何かと手伝いたがる。
(まさに真逆兄弟・・・・・・)
ぽそりと、どうでもいいことを思ってしまった。
しかし、それを自覚する間もなく、不意にエドワードが椅子から腰を上げた。
「・・・・・何?もう読み終わったの?それ」
「いや、集中できないからまた今度にしとく」
珍しいこともあるものだ。あの錬金術オタクの少年が。
同時に、その少年が大切そうにしていた錬金術書を放ってまで気になることというのがとても気になった。
急にもたげて来た好奇心を微塵も隠さずに、ウィンリィは問い掛けた。
「で?あんたの気になることってなぁに?」
「・・・・ん。ちょっと言いたいこと」
少し困ったみたいな、でもその眼の奥に隠れた意地の悪い光を、ウィンリィは見逃さなかった。
「・・・・言う事?私に?ばっちゃんに?」
「リィに」
・・・ああ、やっぱり。
彼がこの呼び方で自分を呼ぶときは大抵決まっている。
にやり笑いが気になったが、それよりも更に気になってしまった。彼が、『そういう対象』として、少女を見る時の合図が。
エドワードは少し深い呼吸をすると、椅子をウィンリィに引き寄せて、座った。
ついでに少女の蜂蜜色の髪を一房取って、気障ったらしく口付けなんか落としてみる。
何を始めるのかと、そのまま何もせずに見守っていると、彼はウィンリィにとびきり邪気のない笑顔で笑って言った。
「私、エドワード・エルリックは、貴女、ウィンリィ・ロックベルのことが好きで仕方ないみたいです」
みたいって何。
何でいきなり紳士のように優雅な挨拶でそんなこと言うの。脈絡ないでしょ。ていうかいつも自分が言ってるから今更だし、etc・・・・
浮かんできた突っ込み文句多数。けれど、彼女はその一つたりとも発することは出来なかった。
「好きだよ、リィ」
普段、頼んだって云ってくれないくせに・・・・・
「・・・どういう風の吹き回しよ?」
赤味がかった頬を隠すように、そっぽを向くとそう尋ねた。返ってきたのはなんともお粗末な言葉である。
「んー。どっかの馬鹿大佐がさ、此処来る前に嫌味ったらしいくらいの笑顔浮かべて似たようなこと云いやがったからなんかリィに無性に言いたくなった」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
えー、っと。
「・・・・マスタング、大佐?」
「うん」
「似たようにって、ほとんど一緒?されたの初めて?」
「まぁ概ね似たような感じ。もう腐るほど言われてる」
・・・・・・ねぇ、それって実はかなり本気なんじゃない?と言うべきだろうか。
いや、それでは敵に塩を送るようなものではないか。ここは彼の鈍感さに感謝して黙っておくべきだろう。彼の為にも。
決して抜け駆けしようとかチャンスだとか思っている訳ではない。全くと言えば嘘だが、とにかくだ。
今は自分に向けてだけの言葉を堪能しつつ・・・・将来の少年の化けっぷりを予感してしまい、未来の自分の苦労を思わず想像してしまったとある昼下がりの平日。
悪いな、なんて思いつつも、珍しく触発されて思わぬ告白をしてくれた少年に、とびきりの笑顔でありがとうを返した。
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