ちょっと勿体無いから没になったワンシーンだけ書いてみた。








(前略)

仕方が無いとばかりにホークアイ中尉がそう促すと、マスタング大佐は苦虫を噛み潰したような表情で、未だ濁った口調で後ろを振り返った。
「いや、きっと私の見間違いなんだが・・・・・今、知った後姿が見えた気がして」

その返答にホークアイ中尉は僅かに目を丸くさせた。
彼の知り合い、というからには軍関係者だろうという憶測はつくのだが、軍は基本的に男所帯。
おまけに緊急事態は人の都合なんて考えてくれないのだから、何か起これば休日出勤も当然で、ただでさえ今は(東部は割と安定してきているとはいえ)戦争の爪跡もあるし、未だ国境での諍いは絶えない。つまりは、忙しすぎて想いを寄せる女性というのをなかなか作れなかったりする。
嫌な話ではあるが、性欲処理に色街へ通う軍人というのはそんなに珍しくもないのだ。

そんな場所で知人を見つけたからと言って、彼が驚くことがとても不思議だった。

一体誰が、と疑問に思う間もなく、マスタング大佐は再び色街の方を凝視し始めた。
しかし今回は、「何となく誰かを見つけた」ではなく、「確実に“誰”と分かる人物を見つけた」という風で、ホークアイ中尉も思わずそちらを彼の肩越しから覗き込んで、一瞬、彼と同じく絶句してしまった。

真昼から、道の脇で酒を飲んで顔を赤くしている男や、早くも呼び込みを始めた売春宿の女、それと、こんな不自然な場所で硬直しているこちらを好奇の目で見ている者たち。そんなものはどうでもいい。
問題はその少し奥にいた、一度見たら二度と忘れられなさそうな珍妙な二人組の存在である。

いや、珍妙と言ってしまえば彼等に失礼だろうか。
しかし“少し”小柄ながらも鮮烈に瞼に存在を残す赤のコートに金髪を三つ編みに纏めた少年と、そんな彼に心配そうに付き添う鎧姿はそう滅多にお目にかかれる光景ではない。いや、此処イーストシティでは見慣れたものではあるのだが。
「エドワード、君とアルフォンス君・・・・・?」
「・・・やはりあの二人、かね」
どうやら彼が半信半疑になっていた理由は此処らしい。
ホークアイ中尉もようやく納得できた。確かに彼等がこんなところにいるのを見たらどうしてこんなところに、と思わない筈がない。
実際ホークアイ中尉も真っ先に出てきた疑問がそれだったのだ。

ひとしきり呆然と立ち尽くしていた二人だったが、やがて正気に戻ったマスタング大佐は、二人の方へ足早に近付いていった。
ホークアイ中尉もそれに続く。この際、横からの下種な野次は全て黙殺だ。

兄弟の方も、二人が近付いてきていることに気付いて真っ先に弟が「大佐、中尉」と呟いた。
しかしエドワードの方は俯いたまま微動だにしない。
「やあ、久しぶり・・・・・と言いたいところだが。あまり感心しない場所で会ったな」


多少の揶揄を含ませてそう言ってみた。
エドワードが噛み付いて言い返すことを期待していたのだ。

しかし彼は予想に反して何も言い返してこない。俯き加減のまま、やおら口元を押さえた。
どうやら言い返す元気もないほど弱っているらしい、ということが、かえって普段の少年のあの傍若無人とばかりな元気っぷりを知っているマスタング大佐とホークアイ中尉を驚かせた。
「鋼の・・・?」

訊ねるように、少しだけ腰を屈めてマスタング大佐は彼に声を掛けた。
いつもどおりの彼ではない、というのと、気に入っている少年の弱りきった姿に僅かに動揺している自覚はあった。
そしてそれは、次の少年の一言で、動揺から混乱へと変わる。

「うっさい・・・・ちょっと腰重いのと吐きそうなだけだ」

びし。

見事に音を立てて石化したマスタング大佐に気付かずにエドワードは我慢できなくなったのか、地面に膝をついた。
リアクションの具合はマスタング大佐が一番大きかったが、ショックを受けたという点ではホークアイ中尉も負けていなかった。
何しろ軍へ来るたびに彼らを可愛がっている筆頭の中にも彼女はいるのだ。

可愛がっている子の一人が、歓楽街の宿から出てきて(マスタング大佐しか目撃していないが)やたらと気分悪げに腰を痛めている。
連想ゲームは面白いくらい簡単にある答えに結びついた。
「は、はがねのッ!?言いなさい
誰にされたんだ!?
「・・・・・何を?」
この子がまさか、と思いながらも、嫌な想像が頭を離れない。
さすがに揺さぶりをかけて問い詰めるほど殺生なことはしていないが、取り乱していることは確実だった。

「い、いやでもいくら何でも鋼のは男だからそんなことは」
女だけど
「は?」
「いや、だから女だけど・・・・・言ってなかったっけ?」
後半の台詞は、アルフォンスを向き直ってきょとんとエドワードは尋ねた。
弟も「みたいだねえ」などとほのぼのと返しているが、彼(いや彼女)の言葉にマスタング大佐は余計に混乱した。
折角の「鋼のは男なんだから襲われるわけが」という僅かな望みに賭けたというのに、ご無体にも本人からはそれをぶち壊すお言葉。頭が真っ白になる経験を他人事のように思いながら、ホワイトアウトしている場合ではないとマスタング大佐は気力だけで持ち直した。
というか、
「気分悪・・・・・」
誰の子だあぁぁ!!!???
余計誤解の幅を広げていた。
アルフォンスも、普通に否定すればいいものを、
「大佐、
一日じゃ生まれませんよ
などと変な場所に先につっこんだせいで、彼の言葉を肯定しているような返事になってしまい。

結果、マスタング大佐の混乱は益々重症を極めた。


「はッ・・・・・鋼の!?君はそういう子じゃないと思っていたのにどうしてこんなところに来るんだね!?」
「・・・・人が何処で何してようと俺の勝手だろ」
“ナニ”・・・・・・・!!??
「?」
「やめなさいそういうことは!そんなにしたいなら私が相手をするから!」
「・・・・あんた今何気にものっすごい問題発言したぞオイ」
「君はこんなところに足を踏み入れるんじゃありません!」
「人の話聞けこの天然」

などという不毛極まりない会話を続ける二人を尻目に、彼等の保護者の立場である二人はのんびりとそれを静観していた。

「ていうか、大佐ってあんなキャラだっけ・・・?」
「・・・・・素が、ああいう人なのよ。普段気取っているけど」
「まあ、あれ姉さ・・・・もとい兄さんも半分素、半分わざとで言ってるから仕方ないんですけどね」
「ところで、真相は?」
「ああ、歓楽街のお姉さんたちの中でも、情報屋さんっているじゃないですか」
「ええ・・・・・その人に会いに来ていたの?」
「はい。前にちょっとしたきっかけで知り合いになりまして。たまに来てるんですけど今日はあの通り、姉さんがあの日に引っ掛かっちゃって。部屋を貸してくれるって言ってたのに結局出てきちゃったんですよ、香水の匂いが気持ち悪いって」
「・・・・・・・そう」
だからあんなに気持ち悪そうなのか、とホークアイ中尉は合点がいった。
珍しく少年、もとい少女から香水の匂いが漂ってくるのはそれが原因か。
まあ、そのことが二乗して上司の不安を煽っている訳だが。

暫く押し問答をしていた二人だったが、やがて「うぎゃッ」と小さく叫ぶエドワードをよそに、彼女をいわゆる「お姫様だっこ」した上司が肩越しに「先に鋼のを連れて行くぞ!」と走り出した。
エドワードは何やら「降ろせ」だの「離せ」だと言っているが、ところで上司の誤解は解けたのだろうか。
「アルフォンス君が一緒にいるのに、そう簡単に襲われる訳ないじゃないですか・・・・・」


いまいち変に冷静になりきれないマスタング大佐。

普段はこうじゃないんですがね、というよりも、身内には懐深い人間なのが仇になったのではないだろうか。

とにもかくにも、そのあと、誤解も解けて改めて体調が良くなった姉弟を見送ったあと、マスタング大佐の「そういう趣味」についてが暫く囁かれたが、本人が訂正を入れる素振りが全く無いことと、もともと少年(という認識は彼等の意向で変えずにいる)を彼が気に入っているという事実も相俟って、下品な話題に飛んだこともあるが、本人が波風立てようという素振りも見せないし、相変わらず姉弟の滞在期間は少なく稀なことから、人の噂も75日。
忙しい日々に埋もれて人々の記憶から憶測は消えていくのだった。





FIN
 * * * 
阿呆な親馬鹿マスタンが書きたかっただけです(吐血)