Case1.焔の錬金術師に鋼の錬金術師のことを訊いてみました。
「・・・・はあ?なんだ、藪から棒に」
「だぁーかぁーらぁー、そういうの噂っつか、まあ、話題になったりしてるんすよ」
銜え煙草の部下からの言葉に、ロイ・マスタングは怪訝そうな眉根を余計に吊り上げて、ジャン・ハボックを見上げた。
その表情は、「何故私があんな奴に」と、「今更何を訊く」の中間に見えて、ハボックは何となくたじろいだ。
「そもそも、誰だ、その言いだしっぺは」
「さあ・・・でも気付いたら、誰にともなく広がってたって感じっすかね。」
曰く、ロイ・マスタングは、エドワード・エルリックに並々ならぬ感情を抱いている云々。
「で、どうなんっすか?そこんとこ」
「・・・・・私に直接聞いてくる勇者なんてお前くらいなものだな、ハボック」
はあ、と胡乱げに溜息を吐き出したあと、サインの済んだ書類にやる気の欠片も見せない態度で判子を押して、また一枚と決済済みの書類の上に重ねていく。
「そもそもお前、仕事はいいのか?」
「午前中に予定してたのは全部片しましたよ。じゃなきゃリ・・・・中尉の逆鱗に触れるの俺ですもん」
「ここで私の邪魔をしているのがバレたらそれこそ彼女の逆鱗に触れると思うが」
「大丈夫っすよ。んなこと言ったって、明後日大将らが帰ってくるんでしょ?じゃあどんな邪魔入ろうと大佐は暫く通常業務に専念して定時には上がるでしょうから」
「・・・・・お前も随分言うようになったな」
「どっかの誰かさんが素晴らしく上に好かれてますから」
言って、わざとらしく肩を竦めるハボックに、ロイは反論するのも疲れたとばかりに再び書類に視線を戻す。
彼の言葉そのものを否定しない時点でも、相当この上司は『鋼の錬金術師』に肩入れしていることが知れるが、果たしてそれをロイは気付いているのだろうか。
「で、大佐は結局のところ、エドのことどう思ってるんすか」
「またその話か」
「話題変えた覚えはないっすけど。いいじゃないっすか、軍じゃそういうの偏見持たないの結構いますし」
「少しは持て、馬鹿者」
きっぱりと言い切ると、再び最後の欄に署名して、書類の山の一番上にそれを乗せる。
「噂が一人歩きするのは当たり前だ。特に、私の場合は変に色んなところから知らずやっかみを買ってることも多いしな。だが、普通に考えてみろ、私は社会人、しかも国軍大佐、一方鋼のは軍の狗とはいえ15歳未成年しかも男。何故野郎が好き好んで野郎を。と思うのが普通の感覚だろう」
「ま、そりゃそうっすわね。でも大佐」
「なんだ」
「軍人ったって、普通の感覚の人間の方が圧倒的に多いんすよ?なのにそんな噂立つ程、エドに肩入れしてるって自覚、あります?」
「・・・・・・・」
ぴたり、とロイの手の動きが完全に止まる。
普段、滅多に感情を表に出さない彼が動揺するほどには衝撃的な事実だったのだろう。
やはり自覚はなかったのかと苦笑すると、ハボックは銜えていた煙草を口から離した。火はついていない。口寂しいからと銜えていただけなのだから、当然だ。
「しかも俺、大佐の意見聞いてるのに一般論で誤魔化そうとしてるし」
「・・・・・黙れ」
僅かに不機嫌そうに、声が低くなったロイに、少しプライベートの話題まで突っ込みすぎたかと少し反省して、謝罪を述べたあとは黙った。
いくら定時上がりを目標として手を動かしているとはいえ、余計な雑念を与えてリザ・ホークアイの機嫌を損ねてしまいたくない。
ハボックの思惑に気付いたか、少し不服そうに彼を睨むとロイもまた目の前の書類の切り崩しにかかる。
「・・・お前の質問の仕方も悪い」
と、唐突にロイが言う。
「はあ?」
「鋼のをどう思うかと言われても、だ」
一応、答える気はあるらしい。必要事項に記入しながら彼も続けた。
「好きかと言われたら好きと答えるし、愛してるかと言われたら愛してると答える。ただ、それを何でもかんでも恋愛に結び付けようとするな」
「ってことは、家族愛、とでも?」
「そういう訳でもない。・・・・あえて言うなら、そういう区切りを付けられない感情だ」
「・・・・はあ」
分かるようで分からない返答にハボックは曖昧に返す。
「恋人に感じるような愛、家族に対する愛、友人に対する愛、部下に対する愛のどれにも当てはまって、どれにも当てはまらない。お前たちの無粋な思惑的に言えば、肉欲を感じる対象として鋼のを見ようとすればみられるが、別段そう見なくても問題はない」
「生々しい言い方するっすね」
「煩い。どうせつまるところ一番お前たちが訊きたいのはそこだろうが」
「まあそうなんすけど・・・・」
質問したこちらが思わず照れるようなストレートな物言いに些か毒気を抜かれた気分になり、ぽりぽりと頬を掻くハボックにロイは喉の奥で小さく笑ってやる。
「まあ、その噂はあながち間違いではないだろうな。私は確かに彼のことを愛してるよ。ただし、それと同時に同じくらい憎んでいるかもしれんが」
「憎む?」
「同じ錬金術師として、彼の行った業に対して。それだけの実力を持っていることに対する妬み。・・・そんなところだ」
勿論、それを彼に伝えるつもりはないがね、と付け足して、ロイはよりスムーズになったペンの速度を落とすことなく最後の書類まで行き着く。
「随分、歪んじゃいませんか?」
「そういう感情がない交ぜになって、彼を構成する全てがひどく気になるといえばそうだし、それが究極の愛とも言えなくはないな。・・・・ここから先は、自分でも人知を超えた感情の気がするから下手につっこみはしないさ。自惚れてやると、恐らく彼も私に同じものを抱えているだろう。だから、その姿を見てそういう短絡的な思考で判断する輩がいても不思議はないということだ」
「・・・・なんつーか、やっぱ錬金術師は一般人と頭の構造から違う気がする・・・・」
「それは分からんでもないが全ての錬金術師に相当失礼な発言だな」
楽しそうに笑いながら、ロイは署名し終えた書類を纏めてグリップに挟んでハボックに放り渡す。
しっかりとキャッチしたハボックは未だに複雑な表情で考え込んでいたが気にせずロイは軍服の上着を脱いで椅子にかけたあと、後ろの窓を全開にした。
表通りの出店から微かに甘いワッフルの香りが漂い、ロイの鼻腔をくすぐる。脳を酷使した彼には丁度いい刺激だ。
天気もいいし、吹く風も丁度良くて、ついでに気分もいい。こんな日は適当な木陰で昼寝するなり、国家錬金術師しか入室できない書庫の奥で、明後日此処へ来る兄弟の為に取り寄せた禁書を気が済むまで読みふけるのもいいし、街へ出て適当に女性とお茶を楽しむのもいい。
様々な誘惑が即座にロイの脳裏を過ぎるが、過ぎるだけで終わる。
「変なものだな。君のことを考えるだけで穏やかになる私なんて」
口の中で笑うとハボックの視線がこちらに戻ってきた気配を感じる。
どうした、と振り向かずに訊ねると、僅かに沈黙が降りた後、ハボックはやがて口をついた。彼にしては珍しくはっきりとしない口調だった。
「それで、アンタ自身は幸せになれるんすか?」
「なんだ、唐突な奴だ」
そうして一息ついて、嘲るような笑いを浮かべた。
「そこまで自分がお綺麗な人間であるとは思いたくないんだがな。何故だろう、たとえ彼が故郷の幼馴染と結婚しようが私の元を離れようが、彼が幸せを感じているならそれで構わないと思えるよ。自分の考えに反吐が出るほどなんだが、生憎と心の底からそう思う」
お互いに顔は見えないが、ハボックは息を呑んだように思う。ロイは、打算もなく綺麗に笑ったように思う。
「ただし、それは万が一、彼が今までどおり自分の信じた道を歩み、悲願を果たしたときに限定される。もし生きることを諦めたり、自分の幸せを否定するような真似をすれば――それこそ、私は容赦するつもりはない、とだけ、言っておこうか」
僅かながらの沈黙のあと、ハボックは何も言わずにロイの後姿に敬礼すると、部屋を出て行く。
ただ、扉を閉じる瞬間に、一言言い残して。
「なるほど、そりゃ究極の愛っすね」
ロイはくっ、と耐えかねたとばかりに肩を揺らして笑う。
顔を抑えた手の隙間から鋭く光る黒曜の双眸が今はまだ旅の空の兄弟の兄の方を映し出しているように見えた。
「こんな男に愛されている子が可哀想だよ、はがねの」
後日、吹聴されていた噂はすっかりとなりを潜めた。
どうやって治めたかや、それが誰の差し金か、は考えないでおこうと東部の司令官はわざとらしく笑ってやった。
Case2.鋼の錬金術師に焔の錬金術師のことを訊いてみました。
「はあァ?大佐をどうって何?」
「いや、そう露骨にヤな顔されると俺としても困るんだがな」
ロイのところへ報告書を提出に行った帰りのエドワードを捕まえて、休憩室に引っ張り込み、先日ロイに振った話題を同じようにエドワードに振ったところ、そんなリアクションが返って来たので、予想の範疇内の反応だったとはいえハボックは困惑を隠さない表情で言った。
「今のはお前の訊き方がまずいんだよ、ハボック」
休憩室に一緒にいたブレダが椅子にもたれ掛かりながら『不味いコーヒー』をゆっくり嚥下しているのを横目で見ながらハボックは少し溜息をつく。先日の大佐と同じことを言われた自分に対するものでもあり、お世辞にも素直とはいえない少年に対してでもあった。
そういう噂があったということを(馬鹿正直に申告してみればこの少年が怒りに任せて司令部を破壊しかねないという危機感もあり)伏せていたので、会話するにはどうしても曖昧な点が浮き立つのは仕方がないではないかと恨みがましい目で見るとお手上げだとばかりにブレダは肩を竦めて見せた。
先日、彼が怖いもの知らずとでも言うべきか、とある噂の中心人物の片割れにそう尋ねたことがある。
そのときの返答で、彼が自分のその感情に対してひどく無頓着であると同時に異常なまでの執着をしていることを知った。
では、もう片方はロイのことをどう思っているのか、というのが結論だった。
下世話と言われてしまえば終わりだろうが、ロイの途方もない言葉を訊くとどうしても、「じゃあ相手は」と考えてしまうのだ。
それこそ、ロイの言った無粋な推測だ、と思わなくはなかったのだけれど。
ハボックが固まったことで、ブレダはやがてやれやれとばかりに腰を上げて、エドワードの隣に座り込む。
「まあ、つまりはそういうことだよ。お前さんが大佐のことどう思ってるか。・・・・前、大佐に同じ質問ぶつけたら」
「何、人のいない間に余計なこと・・・」
「ああ、悪い悪い、でもまあ聞けや。大佐な、すっげーこっぱずかしいこと言ってきたらしくてよ」
「らしい、って少尉聞いてないの?」
「ああ、実際聞いたのはハボックだからな」
「ふーん」
大して興味もなさそうにエドワードはこちらを見ているハボックに視線をうつした。
すると彼は少しだけ困ったように目で笑った。
「まあ、よくある野暮な質問ってやつだよ。半分冗談のつもりだったんだが、案外真面目に答えられてな」
「ふーん。すっげー気障で恥ずかしいこと言われたんじゃない?」
聞き様によっては自信過剰な科白だが、それは事実正解であり、彼の悪戯っ子のような笑みが全てを物語っているように見えた。
「大佐、どうでもいいって体裁上フェイクかましてても実は俺のことめちゃめちゃ好きだからさ」
「・・・・大将、そりゃ」
「自信過剰って?そうでもないよ。俺も大佐も、事実しか口にしてない筈だ。錬金術師は可能性のない仮定話はしない」
「そりゃあそうだろうが」
「ただし」
と、いきなりエドワードは人差し指を立てた。
「俺と大佐で決定的に違うことは、あの人は好きと愛してるの最上位が両方俺だけど、俺は愛してるの最上位が少なくとも大佐じゃないってこと。で、大佐のその好きと愛してるは場合によってころころ変わるってこと」
「・・・・・つまり?」
「分かんねーかなぁ。俺は、大佐を一番に選べないけど少なくとも今以下にはならない。けど、大佐は違う。平和な常時だからこそ俺が一番だなんて言えるかもしれないけど、そうじゃないときは俺なんかむしろ眼中にすらない。俺を捨て駒にしなきゃいけなくなったら大佐は平気で俺のこと切り捨てるよ」
凄惨な内容を口走っているにも関わらず、エドワードは相変わらず僅かな笑いを浮かべているだけだ。
「けどな、エドそれは」
「気のせいじゃないよ、大佐はいざとなれば俺を捨てる。――捨てられるくらい冷酷にならなきゃ、これから先なんて目指せないだろ」
その物言いが、まるで老成した人間のもののようで、ハボックもブレダも思わず閉口していた。
違う、と否定できない何かを感じて、同時に何も言葉を発することが出来なくなる。
そんな大人の様子に気付いたのか、とたんにエドワードはへらりと笑った。
「なんてな。だーいじょうぶ!少尉たちは多分大佐、自分が死に掛けてでも守ってくれるから」
「それは・・・・・上司としてどうよ?ていうか、あの人そんなにお優しくないぜ?」
子供の気遣いに、ハボックは軽口で返す。
「お人よしになりきれないくせに優しいからね、大佐は」
少なくとも、俺はそんな大佐のこと、好きだけどね。
本人に言ってやるつもりはさらさらないけど。
くつくつとおかしそうに笑って子供は席を立つ。
残された大人はまるで、行き先を失ったような子供の顔で、その場に立ち尽くす。
数分あと、ようやく思考が戻ってきたのか、口を開いた大人たちは同時に溜息を吐き出した。
「あの人らの愛情理念って難しすぎて訳分からん・・・・・・」
何より、なんでもないことのように愛を囁くくせに、それが冗談ではなく本気だというのだからたちが悪い。
「マジで勘弁してくれよー」
ハボックの呻きに近い呟きに、ブレダは深く頷いた。
結局、とどのつまり、あの二人に対する謎は解けるばかりか深まるばかりになった、ある日の午後。
FIN?
結局、お互いに想い合っているのにお互いに頼る(もしくは依存する)という言葉を知らないのだろうと推測される。(05.8.4記)
上記の話の雰囲気壊したくない方はブラウザバック推奨。
そんなの気にしないという方はスクロールプリーズ。
結局のところ、結論としては。
Case3.鋼の錬金術師と焔の錬金術師に話させてみました。
「あ」
「お」
同じタイミングでお互いの姿を認めた鋼の錬金術師と焔の錬金術師は、同じタイミングで手にかけたドアノブを離した。
一方は、今から出て行くつもりで。
もう一方は、今から入るつもりで。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ッ!?オイオイオイオイオイ!?離せ俺もう此処に用事ねえんだから!」
「私が此処と君に用事がある」
有無を言わさない力でぐいぐいと強引に、書庫を出ようとしていたエドワードを片手で器用に羽交い絞めするとロイはパタリと本を持ったもう片手で後ろ手に扉を閉める。
書庫、とは言うが、此処には司書の人間はいない。黴臭く埃っぽく、挙句に誰も使わない書庫だ。あるだけ無駄とは思われるかもしれないが、何せ此処に置いてある本のことごとくは、一般人にとっては催眠効果でもあるのかとばかりに理解不能な論理の羅列だが錬金術師にとっては貴重なもの、つまりは国家錬金術師御用達の書庫だったのである。
しかも、此処へ足を踏み入れるにはある程度の地位がなければいけない。
そうなれば、此処へ来る人間というのも相当限られる。
つまりは、こんなものらに用事のある国家錬金術師、であるエドワードか、ロイか。
言うまでもなく、書庫の中では必然的に二人きりだ。
「・・・・なんだよ」
臆することなく、未だ腕を掴んで離さない上官を睨みあげるエドワードにロイは本を持った手で額を押さえた。
「君ね・・・・昨日来たとき、今日には出るとか何とか言ってなかったか?」
「色々あって出発できなかったから」
「それに、此処を使うのならば少なくとも私を通すのが体面だと思うのだがね」
「司書のおねーさんと仲いいから俺は顔パスなの」
「・・・・・・・・・」
頭が痛い、とばかりにロイは額を押さえたまま溜息をついた。
「で、なくてだね」
とん、と両手でエドワードの体を囲う。自然と本棚に押し付けたような形になったエドワードは大層不服そうな表情を隠しもせずにぷいとあさっての方向を向いた。
「弟のアルフォンスが昨日、俺が此処に来てる間に猫拾ってきやがってたので現在弟の主張で一日貰い主探すってことで予定より一日長く滞在してます報告遅れて申し訳ありませんでしたって、これでいいのかよ」
「それもあるといえばあるが、そういうことを言いたいんでもないんだがな」
ロイの言いたいことが分からない程疎くはない。
しかし、それでいいのかともエドワードは思った。
「・・・・・・“此処は東方司令部の第三書庫。俺は鋼の錬金術師、あんたはマスタング大佐。しかもあんたは勤務時間内”」
「そんな制約を立てた覚えはない」
「覚えはなくても守る義務があんたにはある。離せ」
自分から抜け出すことはしないないが、言外に警告を出すとエドワードはじっとロイの目を見据える。
仕事とプライベートを分けるのは大人として当然の義務だ、と無言で訴えてやると、仕方ないとばかりにロイは本棚から手を離した。
「全く・・・・もう少しそういうことに疎くていいものを」
「あんたこそ疎い振りするならもう少し徹底すれば?」
腰に手を当てて、軍服の前を僅かに寛げるロイにエドワードは挑発的に笑って返してやると、そうもいかんだろうとロイは笑った。
「私の想い人は薄情でかなわんな」
「泥棒が何言ってんだろうねー」
「・・・・・その心は?」
「嘘つき」
べ、と舌を出してエドワードは答える。
あんまりな物言いにがくりと肩を落とすロイにエドワードはからから笑った。
「いい加減、そのレッテルを剥がしてくれてもいいと思うのだが」
「やだよ。あんたが俺に好きだのなんだの言ったってさ。俺はあんたの態度が嘘くさくて信じんないし。それを証明するためにあんたが女遊びやめたって言われても、結局全部あんたが勝手にやってることであって俺は関係ないし」
「あるじゃないか・・・・」
「ない。だって俺の一番はあんたじゃないし、あんたの一番も俺じゃない」
「そんなことは」
「ある」
きっぱりと言い切るエドワードにどうしたものかとロイは暫く顎に手を添えて逡巡し、ふっと短く息を吐いた。
「・・・・感情にまで、見返りを貰うことは誰しも不可能なんだよ、鋼の」
「なんの話だよ」
「君のことだ」
それまでにやり笑いを浮かべていたエドワードから唐突に表情が消えて、自分の憶測が正解だったことをロイは知った。
「私は君のことが好きだよ?だが、だからといって同じくらいの好きという感情を君が返す必要はない。そう言っている」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「いいか。もう一度言うよ」
耳を塞ぎかけたエドワードから、その両手の自由を拘束して奪って。
「私は君のことが好きだよ。どういう意味で受け取っても構わない。そして君は誰が一番好きであっても構わない。私へ無理に気持ちを返そうとしなくてもいい。全ては君の自由だ。・・・・・・単純な感情のやりとりに、等価交換は必要ない」
「ッ・・・・・・・・・・・・・!」
手首を反転させ、拘束を逃れると、ロイの体を思い切り何もない場所へと突き飛ばして、エドワードはロイを睨んだ。
獰猛な肉食動物のような鋭い金の瞳にロイは静かに見つめ返すだけだ。
そうしていて、最初に耐え切れなくなったのはエドワードの方だった。
「嫌い・・・・・あんたなんか大嫌いだ!!」
稚拙で陳腐な言葉しか思いつけない自分の脳に毒づきたくなる。
それでも言い聞かせるように大嫌いを呟き続けるエドワードに、ロイはやがてがしがしと頭を掻いて「泥棒め」と呟いた。
「嘘じゃねえ!嫌いっつってんだよあんたのこと!!」
「それこそ嘘だな。感情までもを等価交換に結び付けている子供の、見え透いた嘘だ」
「黙れ!!」
そうして少しの間、沈黙が降りる。
どうしてもその場にいたくないという欲求に駆られてエドワードは書庫の出口へ大股で向かう。
「アルフォンスに向けた君の感情は、果たして等価なのか?そこに発生している愛情は、無償ではないのか?」
ずんずん。
引き止める真似はしないが、精神を揺さぶり続けるロイの言葉を無視してエドワードは歩を進める。
「まあ、気持ちが等価交換、でも私は構わないがね。どの道、君は私が君へ向けている感情を等価で返そうとするのだから」
「君は、私が好きなんだよ、はがねの」
「言ってろ。ばーか」
ぱたん。
「・・・・・私が君を好きなように、君も私が好きなんだ。だからいい加減、素直に落ちてきたらどうだ?」
「・・・・・冗談」
ずるずるとへたり込みそうな自分の体を叱咤して、エドワードは前を見据えて歩き続ける。
「俺は大佐が嫌い、大佐は俺を嫌い」
そうなのだ、そうでなければならないのだ、・・・・・・・・・・・・そうであって、欲しい。
「何でそういうこと言うんだよ、馬鹿野郎」
そうでなければ、今の関係に甘えてしまいそうになるではないか。
互いに背を向けて、別の道を歩めなくなるではないか。
「俺はあんたが理由で弱くなる自分なんて、死んでもごめんだ」
そう思っている時点で、落ちかけていることに気付けない泥棒【嘘つき】に、甘い言葉は優しい優しい猛毒薬。
FIN
泥棒と泥棒の恋。本当に嘘つきなのはどっち?