期待しているつもりはないよ。




するつもりはないし、君の性格なんてずっと前から知っているのだから。















 
ebruary 14

















「鋼のは、私にチョコをくれないのかい?」

にこりと、人の食えない完璧なまでの笑みを浮かべている上司に、エドワードは思いっきり顔を顰めた。
女性からのロイへの好意の形とも言われるものの所謂、『処理』を任されていた少年はそれを飲み込んで
ついでに指についたチョコレートをぺろりと舐め取った。
そして発したのはたった一言だけ。
「馬鹿にしてるんなら両手ぽんか右でグーだけど?」

端的に言ってしまえば「俺は女じゃねぇよ、ふざけんな。何か武器練成するか機械鎧の方で殴るぞ」である。
実際に動こうとする気配は見受けられないものの、本気で怒っているのだけは定かだ。
「心外だな。別にチョコは異性にだけしか渡してはいけないなんて法則はないだろう?」
「そうだとしてもそれだけ貰っといてまだ欲しいのかよ」
現に、食べきれないからって毎年俺に回すくせして。
分かんねぇと言わんばかりに肩をすくめてチョコを一つ口に含んだ。甘い味が口に広がって、彼の前ではあったがエドワードは思わず口元を綻ばせた。彼とは対照的に、エドワードは甘党なのだ。
実際、ここ東方司令部に来る前も、幼馴染の心がこもりまくった有難いお菓子を平らげてきてから訪れていた。
ロイ曰く、いくら好きだからとはいえ、よくそんなにも食べられるなが正直な感想である。

それにしても、察してはくれないのかねぇ。

ロイは軽く、傍目にはそれと分からぬ溜息をひっそりと溢した。
誰かからのチョコが欲しいのではない、ということを、彼は理解してくれない。無理もない。
こちらだってあからさまな意思表示などしてないのだから、それは尤もな反応だ。
だからこれは、妥協案。
「そうでなくて、『親愛』や『敬愛』という意味合いでくれてもいいんじゃないかと言いたいのだよ私は」
「・・・俺がぁ?あんたに?」
明らかに何でという含みを込めた言葉にロイは今度こそ露骨に息を吐き出した。
そんな彼に追い討ちをかけるようにエドワードは続ける。そりゃぁもう見事なまでに無遠慮に。
「『軽蔑』とか『皮肉』込めてってんなら絶対すっげぇ気合入れて込めれそうだけど敬愛とかさぁ」

無理だろ。ときっぱり言う。しかも限りなく本気っぽいので始末に終えない。
今度こそ撃沈しそうな勢いでロイは書きかけの、決裁待ちの書類の上に突っ伏した。
確かに彼とは第一印象から最悪だった上、それから上司と部下の関係になっても、少しでもプラス要素が増えたかと言われると答えは自信を持って・・・持ちたくはないが・・・否である。更にマイナスイメージしか与えていない行動ばかりだった気がする。
それなら仕方がないなぁなどと、半ば他人事のように考えて、だから駄目だろそれは、などと一人突っ込みまで入る。
見た目はともかく、実は内心えらく挙動不審に陥っている大人には気付かずに、エドワードは最後の一個のチョコレートを口に放り込んで、相変わらず幸せそうにしている。それにロイが気付かないのは少しばかり勿体無いところだ。
だがふと、エドワードが包装紙をゴミ箱の中に投げ入れ、「ナイッシュー」などと軽く呟くと同時にロイは我に帰る。
そして無言で、自分の斜め後ろに置かれた段ボール箱からもう一つ、可愛らしいラッピングが施された箱を取って、それをエドワードに放った。
それにはさすがにエドワードも少し眉を顰め、でも律儀にキャッチした。
いくら甘党とはいえ、本日のエドワードは食事の代わりにお菓子ばかり食べているようなものなのだ。
先だっても、この執務室へ訪れる前に寄った談話室でフュリー曹長にお菓子を貰って食べたばかりだ。
しかも更に前は久方ぶりの帰郷で貰えたチョコを食べている訳だし。いい加減厭きたというのが本音だ。
たとえ食べている時は無邪気に至福の笑みを零していたとしても。
「大佐ぁ、それ何箱目?」
「君に渡したのは5箱だ。ちなみに残りはダンボールいっぱいで5箱」
「毎年食べ切れてねえくせに貰うんだな」
「女性の好意は素直に受け取るべきだぞ、鋼の」
「はいはい、それもう36回目」
「いちいち数えていたのか?」

そこまで言ったすぐ後。
コンコンコン。と、ノックが三回。
ロイとエドワードは一瞬顔を見合わせ、ロイはどうぞと扉の外へ声を掛ける。
失礼しますと入ってきたのは、ホークアイ中尉。一抱えの紙の束・・・間違いなくいロイの仕事を抱えて彼女は部屋に入ってきた。
それを見るとロイはあからさまに嘆息する。
しかし中尉もといリザは、軽くエドワードに微笑みかけると上司の態度など気にした風も見せずにあくまで冷静に
「大佐、これお願いしますね」
と、3つしかなかった書類の山を4つに増やした。
「仕事なのに嫌な顔してんなよ 大佐」
実際は書類に対してのものと分かっていても、純粋に尊敬するリザに対しての溜息に聞こえてエドワードは少しむっとして言った。
目の端に僅かに、一瞬だけ目を大きくしたリザが映ったがあえて気付かない振りをした。
するとロイから返ってくるのは悪びれもしない態度と言葉だけ。
「だがこれだけあるのに追加されれば誰だって嫌だろう?」
「言いたいことは分かるけどそれ顔に出したら中尉が可哀想じゃん」
それに自業自得だし、という言葉だけは彼の面目の為に心の中で呟くだけにとどめた。
仕方ない、といった具合なものの、彼も真面目に仕事に励みだしたようだし。

そしてその後リザに話し掛けられ、少しだけ話し込んだのち、ついて来てくれと言われると同時に、世にも珍しい彼女の微笑みを間近で見てしまい、エドワードは思わず上ずった声で返事してしまった。
やはり自分は年上の女性には弱いのだと自覚すると同時に、でも大佐みたいな節操なしじゃない!と、それこそ声に出して言おうものなら間違いなく「君は私のことを何だと思っているんだね?」という言葉が返ってくること請け合いな事を思う。
実際、彼は真面目にしているところや努力している場所を見せたがらない上、仕事を締め切りギリギリまでしない癖のせいで常に一緒にいる訳ではないエドワードには『サボリ癖のあるタラシの上司』というイメージしかない。
いや、むしろそれはエドワードに限らず此処、東方司令部のほぼ全員がそういうイメージを持っているのではないだろうかという勢いである。だから実際がそれと異なっている事実を知るのはリザやその他彼直属の部下くらいなものだろう。
ただ、その部下達も自分の部下に尾ひれをつけてロイの噂を吹聴するという悪戯を多々やってしまうので無理もない事態だが。

ちなみに、彼へのフォローのために特筆しておくと、たとえそうだというイメージが根付いているからとはいえ、ロイを心から駄目な上司だと思うものはいない。
イシュバールでの活躍を人伝いに聞いていたり、実際の指導力の素晴らしさを彼らは十分知っているのだ。
勿論、それは何だかんだ言って否定したがっているけれど、例に漏れずエドワードもその一人なのである。
「・・・・・・・・」
リザは軽くロイに敬礼して、執務室を出た。エドワードもそれに習って出て行こうとして、ふと思い直したように来客用の机の上に残ったお菓子の包装紙を取って、ごみ箱の中に放り込んで、そして部屋を出た。

それに不審を感じたのは、彼の気配が完全に遠ざかってからだ。
さっきまで放っていたものを、何故部屋を出る前にわざわざ捨てに戻ってくるのか。
現在目を通していた書類に署名して、椅子を少し引き、立ち上がった。
そっと、覗き込むように彼のいた場所を見てみて。

そして驚きに目を丸くした。





綺麗に片付いた机の上に、ぽつんと置かれた、縁に少年と同じ金を施したリボンで固定されている小さな箱。
自分が今まで女性に貰ったどれよりも小さいそれは、微かにチョコレートの匂いを漂わせていた。
と、いっても元々執務室には多数のお菓子のせいで最初から甘ったるい匂いが立ち込めていたのだけれど。
それが誰の贈り物なのかははっきり分かるが、まさか彼からこんな可愛らしい事をされるだなんて微塵も思っていなくて。
現実のことながら非現実じみて感じられるそれに、誰も見ていないと分かっていながら己の醜態をロイは今ごろ恥ずかしく思った。
(・・・・・やってくれる)

それを手に取って、ロイはふと箱の底に、リボンに挟まったメッセージカードを発見する。
一言だけ書けるカードに、更に小さく折り畳まれたそれを引き抜いて、開けた。

そこに書かれたのは、報告書などでも見慣れた彼の意外に几帳面で丁寧な字ではなく、書き殴ったような乱雑な文字。

“感謝と一部に対しての尊敬を込めて。エドワード”

“追記。尊敬ってのは一部にだけだからな!”

恐らく、殴り書きのようになっているのは照れ臭さから来るものを耐えきれずの事だったのだろう。
しかもさっき、彼が何か記していた様子はないので書いたのも相当前・・・買った直後あたりだろう。
それにしても、本当に彼らしい。特に小さく記された追記なんかは彼そのものだ。

思わず真っ赤になりながらメッセージカードを書いていたであろう彼を想像して笑いを堪えられなくなる。
片手で顔を隠して、声を殺して笑った。これがプライベートな場所だったら間違いなく爆笑していそうだ。

「・・・・じゃぁ一応受け取っておこうかな?君の私への『感謝と一部への尊敬』の形とやらを」


意地悪く笑ってロイはそれを、机の上に置いて再び書類に目を通し始めた。







期待しているつもりはないよ。




するつもりはないし、君の性格なんてずっと前から知っているのだから。




だけれど、私の予想を破ってくれた君のお陰で少しは仕事の進みが良くなったよ、鋼の。








予測不可能な子供を相手にすると驚かされてばかりだなんて思ったのは、彼の行動に賞して黙っておこうと
ロイは酷く楽しそうに笑うのだった。









FIN

・・・・・・すいません。時間なかったんですよ。14日までに仕上げようとすごく必死になって書き上げていたもので。
一番短いや・・・でもとりあえず「愛なんて込めてねーぞ!感謝とちょっとだけの尊敬込めてやっただけだからな!」とか主張しながら大佐にチョコ渡すエドが書きたかったの。ちょっと違ったけどまぁ話の流れ上、ね。
彼は多分普通以上の感情を持っている人には恥ずかしくて面と向かって渡せないと思うの。
だから相手に気付かれないうちに、でも絶対後で気付いてもらえる場所にそっと置いて逃げる(笑)と思うの。
ぶっちゃけ可愛い話が書きたくて書きたくてしょうがない結雨さんでしたとさ。(2/14記)



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おまけ。(ある意味エド総受け。主に無意識エドアイ?)




彼女に似合わず、思わず幼馴染にもらったチョコのことでからかわれて慌てて給湯室を出てきたエドワードはふと、彼女に渡すべきであった箱の存在を思い出して立ち止まった。
今更戻るのはちょっと恥ずかしいし、だけど自分もこんな貴重なものを貰った訳だし、やっぱり渡すべきなのだろうけど。
ちょっとした羞恥心で躊躇していたが、もうこうなりゃ何やっても一緒だと、半ばヤケになってくるりと方向転換して、エドワードは給湯室に戻った。
やっぱり少し驚かれたがもうこれ以上の恥なんてないだろ!と手に持っていたコートにくるんで隠していた『それ』を
取り出して、一応名前を確認するとリザに突き出して少し顔を逸らすとぽつりと云う。
「・・・お返しっていうか・・・・俺の方から。ハッピーバレンタイン」

今朝、幼馴染に言われたのと同じセリフを彼女に掛けた。
顔を見ていないから、受け取ってくれたのは分かっても、一言も言葉を発さないリザを不思議に思って、
エドワードはちらりと彼女の顔色を伺った。そして同時に自分の顔の赤みすら忘れるほど驚く。
・・・そりゃぁ、今日はさっきから、彼女の珍しい微笑みを何度も見て、驚いていたのだが、今度のそれはまたひとしおだ。

ほんのりと赤かった。
エドワードのが、ではない。確かに彼はさっきから自分の醜態や嬉しさに対して頬を染めていたが、それは本当、見事に真っ赤だったし、今更のことだった。だけど、そうなったのは彼ではない。彼ではなくて・・・・。
「えと・・・・中尉?」
恐る恐る、エドワードは固まってしまったリザに声を掛ける。

・・・・・反応なし。

(どうしよう・・・・)
何か悪いことしたか?それとも中尉って甘いもの苦手だったっけ?と、エドワードが本気で悩みだした途端。
リザがいきなり俯いて肩を震わせだした。一瞬泣いた?とも思ったエドワードだが、何より彼女が涙をこぼしたところを見たことがないし、少なくとも、今彼女が泣く理由なんて存在しない筈だ。なら残るは・・・・
(笑われてる?)

これがもし、現在執務室に缶詰になって必死に業務をこなしている筈の上司だったら間違いなく食って掛かるだろうけれど、
生憎彼女は自分の尊敬する人である。そんなことするわけにも、する気もない。
どうしようかと本気で困る反面、彼女がここまで笑うのを初めて見るエドワードは別の意味で困惑していた。
ふと、それにか彼女も気付いたらしい。
ごめんなさいね、と言ってそして改めて礼を言われた。
「くれるとは思ってなかったから嬉しいわ。でも恥ずかしいわね。あんな顔見せちゃって」

暗に、『私は私の醜態を笑っていただけであなたを笑ったつもりはないのよ』と言われてエドワードは苦笑した。
「柄にもないから。去年までそんなこと全然やってなかったし」
「そうね・・・否定はちょっと出来ないけれど・・・だからこそ嬉しかったかもね」

この日【バレンタインデー】は愛を伝える日。
それは純粋に恋を含む愛だったり、親愛だったり、時には普段の感謝の意を込めたりもする。

「有難く頂戴しておくわね。有難う、エドワード君」

今回何度目かも知れない彼女の笑顔に、エドワードはチョコを買ってきて良かった、なんて思った。






ちなみに彼がチョコを買ったのは6個。
ロイとリザの他はというと、言うまでもなく、ロイ直属の部下で、馴染み深いと共に、ここに来る度お世話になっているあの面々へのもの。
それぞれがそれぞれ、驚きとともに感謝を伝えて受け取ってくれたことに、エドワードは妙なっくすぐったさを感じて、無邪気な笑顔を振り撒いていたのだが、それを自覚していない本人以外は全員、その笑顔が一番効くプレゼントだと口に出さずも思ったそうだ。








終わり。

可愛いエドが好きなんです。
恋愛感情抜きで(当たり前)彼はすごく可愛がられてると思う。色んな人に。






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