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感覚が本能に訴えてくること、というものを久々に感じながら、ロイは「手っ取り早いから」と抱えて運んだ二人の幼い兄弟のぬくもりを感じながら笑った。
すかさず兄の方から「気持ち悪い」と容赦なく切り捨てられたがそれでも気分の高揚は止められない。

それは単に、気に入っていた人間に久々に会ったからなのか、それとも数年ぶりの軽い“食事”に体が反応したのかは、彼本人すらも分からない。
しかし、確実にロイは暫く感じていなかった感覚を楽しみながら進んでいた。

初めから大人しくしていた弟の方とは違い、兄はなかなかに手強く未だにロイの腕の中から逃げ出そうと躍起になっていたが、やがて彼らの住まう孤児院に辿り着くと、不可解とばかりにロイの顔をぽかんと見上げた。
「あんた・・・・なんでここのこと知ってるんだ?」
「今更な質問だね、それは。ついでに言うと、ここの園長とは旧知の仲なのだよ」
「はぁ!?吸血鬼のあんたと、園長が!?」
その言葉のニュアンスには多大に「物好き吸血鬼」という意味合いが含まれていて、ロイは少しだけ笑った。
「兄さん、さっきから失礼じゃない?助けてもらって、ここまで連れて来てもらったのにお礼も言わないし・・・・ありがとうございました、ロイさん」
ロイの腕から降ろしてもらいながら、アルフォンスは丁寧にお辞儀しながら再三の礼を言う。
「いや、気にしなくても構わない。いうなればこちらが勝手にしたことだからね」
「でも、ぼくたちが無事ここまで帰ってこられたのはやっぱりロイさんのお陰ですよ」
「うん、君たちが無事で良かったよ」
「・・・・・和やかに話してるとこ大変申し訳ないんですケドー」
唐突に、会話に口を挟んだエドワードの声は大変低いものだった。明らかに怒っていることはロイもアルフォンスも理解していたが、あえて無言でエドワードを覗き込んだだけであった。
「何で俺だけいまだに、しかも荷物抱きなんだよ!もう着いたんだから離せよ!」
「・・・・・・・・・・・・兄さん」
はあ、と盛大な溜息つきでアルフォンスはじっと兄の眼を見つめた。
彼の言わんとしていることは十分に伝わっている筈だがいかんせん、根が意地っ張りなのかエドワードは僅かにたじろいだだけだ。そんな彼の気性を察しているのだろう。ふと兄から視線を外すと、今度は申し訳なさそうにロイを見上げて、
「すいません、ちゃんと言うまで悪いですけどそのまま持っててくれますか?」
と、言った。

別に構わないとは思うのだが、これはこれで非常に楽しい・・・・いや、意地っ張りの子供の教育の為だ。
快諾の返事を返すと、兄から喧しい非難の絶叫が上がった。
「離せッ!離せよ!この阿呆吸血鬼!」
「恩人に対してその言い方はないだろう?エドワード」
「煩い!何でアルには気にすんな的言い方してるくせに俺にはそんなに恩着せがましいんだよ!」
「人徳の差じゃないかな?」
「うっわムカつく!すっげームカつく何だよあんた!差別してんなよ最低吸血鬼!」
「君こそ、そうやって『吸血鬼吸血鬼』と種族差別的表現で私を呼ばないでくれるかな、私には『ロイ』という名があると言ったろう?」
「・・・・・・・・・!!」
「・・・・・兄さん?」

駄目押しするかのように、アルフォンスが諭すような声音で兄の顔をじっと見つめる。
こうなってしまったときのアルフォンスにかなう筈がないことは、十数年の間、一緒に生きてきて十分に理解している。「本当は大変不本意だけど」と言わんばかりの盛大な溜息を吐き出すと、エドワードは引き攣った口元を隠そうともせずにロイを向いた。

「・・・・・・危ないところをどーもありがとーございました。わざわざ送り迎えまでしていただいて申し訳ありません・・・・・・って、いいだろこれで!」

早口で言い切ると、途端に下ろせコールを再開したエドワードにロイは盛大に溜息をついた。
相変わらず、吸血鬼らしくない人間っぽさだがそれに違和感を感じてくれる存在はいない(むしろ、その方がいい)。

「はいはい」と、いい加減なようで丁寧な仕草でエドワードを地面に下ろしてやると、彼はようやくせいせいした、と久々の地面を喜ぶように何度も地面を踏みしめた。
「もう、どうして兄さん、ロイさんにばっかりそんな言い方するんだよ」

腰に手を当てて兄をいさめた後、非常に恐縮したような瞳でアルフォンスはロイを見上げた。
「すいません、兄さん普段はいくらなんでもここまで不躾じゃないんですけど」
「どういう意味だこら!」
「本当のことだろー。兄さん別に種族差別しない人だったのに今日はやたらロイさんに突っかかるし、お礼もきちんと言わないし・・・」
「言っただろ、さっき!」
「それもほとんど言わされたみたいな形じゃないか」
そうして次に兄の顔を覗き込んだアルフォンスの表情の中に多少の心配の色が含まれているのが分かるとエドワードは途端に困ったとおろおろしていたが、やがてふっと息を吐くと静かに首を横に振った。

(あ)

客観的に見たその表情。
別に、自分に向けられたものではない。

それなのに。

(・・・・・そんな、魔物のような表情をして)

惹き付けられる。
愛している人間に向けられる、唯一の表情。羨ましいな、と反射的に思った後、ロイは二人から僅かに視線をそらした。
自分には一生縁のないものを欲しがるのは、人だろうが魔物だろうが一緒なのだ。

何となく思い知らされた気がして、ロイは胸元を寛げる振りをして、気付かれないように心臓に手を当てる。



人と同じように動く心臓。

なのに、つくりはまったく違うもので、それは大変に優れていて、人間の何倍もの働きをするけれど。

(こんなものより)

隣のぬくもりが欲しいと思うあたり、ロイも大概魔物らしくないと自分でも分かっていた。



「・・・・・・どうかしたのか?」


その声が、自分に掛けられているものと知り、ロイは、はっと兄弟の方を向いた。
アルフォンスはきょとんと兄を見ているだけだが、エドワードの金の眼はまっすぐに自分に向いていた。
「・・・・・参ったな」
自嘲気味に、ロイは笑う。
「何が?」
「なんでもないよ」

なるべく普通に答えるよう心掛けたが、少し沈んでいたのかもしれない。
エドワードの瞳に一気に猜疑の色が強まる。

しかし、何かを問われる前に、調子っぱずれの声がそれを制止した。
「おお!?おいおいうちの子らの前にいるそこの不審者!久々に会ってもやっぱ相変わらずかおい!?」
「・・・・・・・・・・ヒューズ・・・・・」
『園長!』
三人の視線を一気に浴びても堪えた様子もなく楽しげに笑っている男は大股で彼らに近付いてきた。
エドとアルの頭をそれぞれがしがし撫でながら、縁取られた眼鏡越しに青年を見つめる彼の顔は非常に清んでいた。
「久しぶり、ロイ」
「お前も相変わらずだな、ヒューズ」

頭上で交わされる短い言葉に、ヒューズの頭を退かせようと躍起になっていたエドワードも、されるがままになっていたアルフォンスもぽかんとする。
確かに、ロイの口から先ほど、園長とは旧知の仲だと知らされていたものの、実際にその現場を見たときの驚きといえば、そう。
(二人とも、一気に丸くなった・・・・)
ヒューズのは元々、といえばそうだ。しかし、ロイは対面して時間こそ殆ど経っていないが、それでも今までずっと、どこか隔離された雰囲気だったものが一気に融解した、というか。
ヒューズも、それこそ彼の奥さんと一緒に在るときのように表情が柔らかい。
彼らの付き合いがどれほど長いのかは知れないが、心の内を吐き出せるくらいには互いに信頼しているのだろうことがひしひしと伝わってくる。
「そういえば、ミスグレイシアとはあの後どうなったんだ?少し気になっていたんだが」
「ばぁか。情報おせーよ・・・・・って、無理もねえか。もうとっくにグレイシアはミセスだよ。俺のお姫様も今年で一歳になったしな!」
ちょくちょく来たらメモリアル見せてやったのにと笑うヒューズは完全な“父親”になっていて、ロイは曖昧な笑みを小さくこぼした。

「よっし、地上に這い出てきた寝惚け野郎にちょっくら今までの俺とグレイシアの愛の軌跡でも話してやっかな!・・・と、エドとアル、早めに部屋戻れよー、帰ってきたばっかなんだからよ」
「あ、うん」
「人を土竜か何かと同一視させるような発言はやめろ、ヒューズ・・・・」

ぽん、ともう一度優しく頭を叩かれたあと、問答無用でぶちぶち文句を言っていたロイを引き摺って去っていくヒューズを見ながら兄弟はぽかーん、と顔を見合わせた。
「なんていうか、なあ」
「うん・・・・」
「結構珍しい吸血鬼いたなーって思ってたけど、あそこまで輝いてる園長、エリシアとグレイシアさんの前くらいだよなあ」
「だねえ」
『・・・・・・・・・・・・・』




どこに驚けばいいのか、という状況にエドワードもアルフォンスも笑うしかない。

「とりあえず、部屋戻るぞ」
「うん」




『なんでもないよ』


唐突にフラッシュバックされる記憶。
寂しそうに、それなのに諦めきったかのような、笑顔。

(俺・・・・あんな顔、知ってる?)

初対面なのに?

今日、初めて会ったはずの存在なのに?

(わかんねえ・・・・)

渋面のまま、隣を歩くアルフォンスに悟られないように唇をかみ締めた。
思い出せない自分がもどかしく、思い出したくて必死に記憶を辿るのに、もう少しというところで霧がかかったように思い出せなくなる。

(あいつは、誰なんだ?)


答えは、ロイ本人が持っている気がした。








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おいおいロイサイドじゃなかったんか自分。
ヒューロイじゃないよ?(しつこい)