御題5 ○○の錬金術師
「云っとくけど、俺は譲らないからな」
「それはこちらとて同じことだよ、鋼の」
「我輩も、聞き捨てならん話題だな」
と。
ただいま現在、鋼、焔、豪腕の、国家視資格を取得したため、地位とともに二つ名を持つことになった約三名は、大人げもなく(約一名はまだ子供なので対象から省くことにしよう)睨み合っていた。周りでは、御馴染みの当方司令部の面々が黙々と、興味がない振りをして、実は興味津々に三人の会話の方向に耳を傾けつつ仕事をこなしていた。
とどのつまりは、話題に昇っている事柄については非常に興味深いのだが、どうしても直接話しに関わるのは嫌だと、そういう訳だ。
彼らが現在、討論していること。即ち、「誰が錬金術師として最も優れているか」である。
勿論それは、技能も知識も応用力も、全て含みの一番である。
「・・・・・・で?」
ぐるり、とハボック少尉は、業務用椅子を回転させて、部屋の端っこのソファに向き直った。
「アルフォンスは参加しないのか?あれに」
「やだなぁ、少尉。確かに僕、錬金術のデティールに関しては負けるつもりないけど、あの面子の中に突っ込んでいくほど実力知らない訳でもないですよ」
慌ててはたはたと手を振るが、その実彼が混ざりたいんだろうなぁということはこの場のほぼ全員が雰囲気で悟ってしまっていた。
実際、彼の練成を見るものは少ないものの、その彼の兄の証言により、アルフォンスの術の正確さや早さは、並の錬金術師のレベルを遥かに超えているという。それに、国家資格レベルの人間と比べても、決して劣ってしまうわけでもない。
しかし、彼の言い分は、この場では十分正解だった。この三人の前では、全ての一般は覆されてしまうだろう。
最年少国家錬金術師の、鋼の錬金術師こと、エドワードエルリック。
その年齢で大佐の地位まで上り詰めた、焔の錬金術師こと、ロイ・マスタング。
由緒正しい家からの出である豪腕の錬金術師こと、アレックス・ルイ・アームストロング。
おそらく、この三人が協力をすれば最凶(誤字ではない、念の為)だろうと実しやかに噂されるほどの面子だ。
まったくの余談になるが、そもそも、後見人と推薦された術師ということで、エドワードとロイが一緒くたにされることは不思議でないにしろ、中央勤めであるアームストロングまで含められているのは何故か疑問に思うだろう。しかし答えは簡単。
ロイの親友(ロイ曰く悪友らしい)であるマース・ヒューズの付き添いでこちらへ来る事が度々あるからだ。
で、その当の本人は突然アームストロングを司令部の中に放り込んで暇潰しでもしていろと消えて既に小一時間ほど経っている。
それがある意味での引鉄である。偶然にも、ロイの元へ報告書(始末書も含まれる)を提出に来ていたエルリック兄弟と鉢合わせし、何が発端になったかは最早分かる余地もないが、唐突に錬金術の話になった。
そしてだんだんそれが、この中で誰が一番優れた錬金術師かという話題になり、以下の顛末になった次第である。
「ぜーったい俺!!なんたって最年少国家錬金術師だし、練成陣なし!」
「何を言う!確かに今は君は最年少だろうが、当時は私も最年少だった!練成の早さに関しては君と同レベルだしな!」
「代々伝わる我輩の錬金術法とて、お主らには劣らんぞ!!」
「ていうか、何それ大佐の初耳なんですけどー!?」
「当然だろう、言ってないからな」
「大体、大佐も少佐もその辺のもの壊しすぎなんだよ、一回練成するたびにさぁ!!」
「そういう大口はこの始末書の数を減らしてから叩きたまえ!」
「いいじゃんか、俺あとで全部元に戻してるし、喧嘩売ってくる方が悪いんだし!!」
「そういう問題でもなかろう、エドワード・エルリック」
「あ゛ーもぉ!論点ずらすな!だったら大佐も少佐も壊したもん作り直すくらいしろよな!」
「出来ないこともないがいちいち練成陣を書き続けていたら日が暮れるだろう!」
「あー!それ出来ないんだったらやっぱり俺の方がすげーじゃん!作る、壊す、両方すぐにできるしな!」
「む・・・確かにそれは、正論であるな・・・・」
「くっ・・・・・しかしだな、鋼の!!君は・・・・」
すでに、揚げ足取り大会と呈しているその会話は恐らく、鶴の一声無しにやむことはないのだろうと思うと同時に、その場の傍観者の面子が思うことは奇しくも一致していた。
(ていうか、エドワード君(大将)相手にムキにならなくても・・・・・)
その一般論も勿論のこと、彼らの前では露ほどにも通用しない。
彼らはエドワードのことを、錬金術が関係するときは一人前の術者とみなしているのだ。
従って、別に頭に血がのぼっているから子供相手にムキになっているのだということではない。・・・・・・・多分。
エドワードの頭の回転が速いので余計に悔しくなっているというわけでもないだろう。・・・・・・・・・・・・・・・恐らく。
だんだんと話がヒートアップしていくが、ここで止めるべき(もとい止められる)人物であるホークアイは現在、別件でこの場にはいないし、アルフォンスも完全に止める気がなさそうだ。
そろそろ止めないと火の粉がこちらにまで降り掛かりそうな予感がハボックにはあったが、それを感じて実行に起こすのは少しばかり遅かったようだ。唐突に、エドワードがこちらを向いてきた。嫌な予感が背筋を走りぬけた。
「じゃぁみんなに聞いてみたらいいじゃん!ねぇ少尉、この中で誰が一番錬金術師として優れてると思う!?」
(うーわ、来たぁ!)
ばっちり目線が合ってしまったあとでは他人の振りも不可能だ。第一さっき、彼に名指しされてしまった。
一瞬、少尉つながりでブレダ少尉に責任転嫁をしてやろうかと思ったが、ふと振り向けばその同僚の姿は消えていた。
(あんにゃろ、逃げやがったな!!!)
恨みがましい目でブレダの座っていた椅子を睨み付けてみるが、それで状況が変わるでもなし。
気まずそうに、「あー」だの「うー」だの言っていたものの、じっと見つめてくる目に耐えられなくなり、ちらりと視線の先に目をやった。
無言の威圧をかけて来るアームストロングに、背中に「減給されたいか?」との脅し文句をぶら下げているロイ。とどめは目の前で捨てられた子猫よろしく真摯な瞳で自分の顔を覗き込んでくるエドワード。
(あぁ、もう・・・・・神様、俺なんかしたか?!)
普段は無信教のくせに、神に祈りたくなるほどハボックは切羽詰っていた。
向かい側に同情の眼差しを向けてくるフュリー曹長の姿が映ったが次は我が身だろう、お前と内心でつっこんで再び思想の中に沈んだ。
・・・・・本音。
心境的には、自分の弟のように可愛いエドワードを支持してやりたい。
しかし、後ろの種類の違う二つの威圧をまともに受けて、気持ちだけで答えられるだろうか。答えは否だ。
たとえ後で少年に「これだから大人って汚いんだ!」等の雑言を受けてもこの際構わない!彼には悪いが、自分には今、来月からの生活資金と身の危険が迫っているのだ。本当に済まないと思ってる、などと心の中で謝るとハボックは重々しく口を開いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・すまん、大将、少佐・・・・・・・・・・」
「え――――――――――――――――――――!!!!?????」
「・・・・・・むぅ」
「はっはっは。話の分かる部下を持って良かったよ」
しれっと言ってのけるロイだが、その言動はほどがあるほど白々しかった。
(マジですまん大将・・・・・今度来たときに珍しく大将絶賛だったアイス買ってきといてやるからっ・・・・・・)
最早心の中で呟くしかないセリフである。
なんとなく心中を察したエドワードは、仕方なくその矛先をフュリーに向けた。
見た目から気の弱そうな青年は、可哀想なくらい狼狽していた。
「え・・・・えと、あの・・・・・・」
「曹長は、違うよな!?」
同意を求めるなどという生易しいレベルではない質問の勢いに、フュリーは本気でビビっていた。
彼は仕方なく、一度ちらりと、後ろの方でポーズだけは余裕綽々な自分の上司に目をやった。やけにニコニコしているだけに、普段のギャップを知るフュリーにとってはその笑顔が恐怖だった。
・・・・・・実直だというのは時としてすごく不便なのかもしれない。
ハボック同様、無言の威圧+来月からの生活資金の関係で、残り二人に非常にすなまいという面持ちで「大佐」と答えようとすると、(ここまで来ると、まるで大佐は他の二人と比べると『無能』だけど、職権乱用して自分の票を稼ごうとしている嫌な上司に聞こえるだろうが、一応二人とも、ロイの実力は、他の二人よりずっと間近で多く見掛けるので決して優れていないと思っているわけではない。)いち早く気づいたアームストロングはバン、と勢いよく机を叩いて立ち上がった。
ただでさえ、その長身の高さや恰幅のよさで、何もしなくてもすごい迫力なのにそこに勢いまでつけての動作だったため、フュリーどころか隣にいたエドワードまでビビって仰け反った。何気なく、なんでもないポーズを保つロイもいたが、幸い周りは彼が吃驚したのに気づかなかった。しかし周りのそんなちょっとした混乱を招いた本人は、少しも気にする風もなく(気付いてすらないのだから当然である)フュリーに詰め寄った。
「フュリー曹長、脅しで出た答えは意味がないぞ」
「え?あの・・・・・・えー・・・っと」
「ははは、少佐。いつ誰が曹長を脅したというんだね」
「さぁ、本音で選ぶのだぞ?フュリー曹長」
本音で、とはいうが、フュリーの肩にかけた手に力がこもっているのはどういうわけだろう。
実際ありえないということを分かっていても、本能的に危機を悟ったフュリーは、震え気味の声で「少佐が」とだけ答えた。
それによって、無得票のエドは大人に対して多大な不平を覚えた。が、懲りずに今度はアルフォンスのほうに向き直った。
「アルは」
「贔屓抜きにしたって、兄さんの実力一番分かってるの僕だろ。兄さん選ぶのは分かりきってるじゃないか。
それに、三人とも別々のところでそれぞれ優れてるし。優劣なんてつけられないよ」
「う」
弟の正論に、エドワードは言いかけた言葉すら詰まらせた。
その言葉に、ようやくこの言い争いの鎮火の兆しが見え始めて、傍観者の二人は安堵の溜息を吐き出した。
と、丁度そのとき廊下から足音が聞こえてくることに気がついた。
姿を確認するまでもなく、それはヒューズ中佐とホークアイ中尉のものだとわかった。
二人が戻ってくるということで、その言い争いも完全に終了してしまったようだ。
二人が執務室の戸をあけるころには、先ほどの言い争いが嘘のように、静まり返った仕事場風景がそこにはあった。
「よう!待たせて悪かったな少佐」
片手を挙げて軽く挨拶すると、ヒューズはエドワードに向き直って笑った。
「で、お前ら今からどうすんだ?何か予定あんのか?」
「ううん。特に用事もない。もう本題は終わったし、明日にはここも出るよ」
「気忙しいのね、もう行くの?二人とも」
ロイに紙束を渡しながら、ホークアイが口をはさんだ。エドは苦笑して応えた。
「っていっても、行く当てあるわけじゃないけどね」
「お、そか。なら丁度いいな。」
「?何がです?ヒューズ中佐」
「最近忙しくてなぁ。ろくに家に帰れない状態が続いてるわけよ。グレイシアはまだいいんだが可愛いエリシアちゃんが毎日電話する度に『パパ〜』って可愛い声で甘えてくるんだよなぁ。で、だ。多分あと2,3日もしたら俺もまとまった休暇が取れるから、それまで家のプリンセス達の護衛やってて欲しいわけだ」
「・・・・へぇ。てか、俺中佐は絶対何があっても定時にあがる人だと思ってたからなんか意外。」
「いや、普段はそうしてるんだがな。最近はこうやって各支部回らにゃいかんことが度々起こるもんで・・・・・・・グレイアシアとエリシアちゃんの写真見るか?」
「いや、それはまたあとで・・・・・・」
謹んで辞退するエドワードに、ヒューズはすでに半分ポケットから出しかけた写真を残念そうにしまい込むと、「で?」と返事を促した。
「いいよ。じゃぁ2,3日お邪魔させてもらうよ」
「おう!任せたぞエド、アル」
「おう!」「はい!」
「話はまとまったようだな」
タイミングを見計らってロイが口をはさんだ。
「頼まれていた書類と切符の手配はしていたぞ、ヒューズ。」
「お、悪りぃなぁロイ!」
「あれ?中佐切符なかったの?」
「あー、違う違う、これお前らの分だよ」
「へ?」
「つまり、お前らこっち来るの既に決定済み」
「って、ちょっと待てぇ!それって、もし俺らがどっか行くあてあっても連れてったってことかよ!」
「だーってうちのプリンセスたちが心配じゃねぇか」
「〜っっ!!」
脱力して物も言えないエドワードに、ヒューズは豪快に笑った。
「それになぁ、エド、アル。エリシアちゃんがお前らに会いたがってたぞ。だからこの次も、今度はウィンリィちゃんと一緒に来い。な?」
わしわしと少し乱暴に撫でられて、エドは少し複雑になりながらも頷いた。アルも、遅まきにこくりと頷いた。
思わず和んでしまいそうな風景に、全員がふと微笑を見せた瞬間だった。
しかしながら、そのほのぼのとした空気も結構あっさりと壊れてしまうことになる。
エドワードはにっこりと満面の笑顔で、二人に向き直って言った。
「あ、そういえばさぁ、中尉、中佐」
「この三人の中で、錬金術師として一番優れてるの誰だと思う?」
思わず脱力して、がたんと椅子からずり落ちたハボックを不審に思うものはすでに居なかった。
何故なら、何時の間にかどさくさに紛れて戻ってきたブレダも含み、傍観者一同の思うことはたった一つしかないのだから。
(もう勘弁してくれ、その話題・・・・・・・)
FIN
鋼小説の中では初めてギャグに傾倒した話でした。てか、ヒューズさん出したかっただけなのよ。なら、なんか成り行き上アームストロング少佐まで出てきちゃったんですが、私はあの人の口調、よくわかんないです・・・・。うちのとこの東部の人らは大概エド大好きです。可愛い弟。アルも然り。
当初は、アルが二つ名貰うとしたら何かって話になる予定でしたが、まぁいつのまにかこんなノリで。親バカヒューズさんは書いてて楽しかったです。
ただ正直、ヒューズさん書くと心情的に思い出して辛いっていうことが書いてて判明しました。どうしてヒューズさんみたいな人が死ななきゃいけないんだろうって・・・(涙)。
(7/24記)
BACK
おまけ。いわゆる裏鋼(ギャグ要素あんまないじゃん)
ヒューズ(以下ヒュ)「優れてる・・・・っつってもなぁ。ロイはロイで、少佐は少佐で、エドはエドでいい所あるだろ。」
ホークアイ(以下リザ)「そうよ、エドワード君。・・・・優劣を付けたい気持ちも分かるけれど、それは難しい問題ね」
エドワード(以下エド)「そっかぁ・・・・・・そうだよな・・・・」
間。
ヒュ「でもまぁ・・・・・」
リザ「そこに術者としての人望を足すんだったらエドワード君がダントツだと思うわよ」
ロイ「ちょっと待てどういう意味だそれは!!」
ヒュ「ロイ・・・・お前だってエドが巷でなんて呼ばれてるか知ってるだろ?」
アームストロング(以下ア)「おぉ!あれですか!」
ヒュ「そう。」
『民間に味方する国家錬金術師!』
ヒュ「それじゃぁ勝てんわな。何せ噂が噂を呼んで、日に日にエドの支持率は勝手に上がっていくし、軍のイメージアップに貢献中ってわけだ」
ロイ「っ・・・・しかし、だな・・・・・」
リザ「・・・・大佐」
ロイ「何だ」
リザ「もう少しだけで構いませんので、大人になってください」
ロイ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
エド「・・・んー、お情けで勝たせてもらったっぽくてなんか複雑・・・・」
アルフォンス(以下アル)「いいんじゃない?素直に喜んどきなよ、そこは。」
エド「そだな。実際、そう言われて悪い気はしないし」
ア「良かったな、エドワード・エルリック!」
エド「うわっちょっと少佐っ・・・・やめろよ髪ぐちゃぐちゃになるっ」
アル「もうすでにぐちゃぐちゃだって・・・」
終。
アニメのエド設定で私が唯一好きなのが、民間人の味方とエドが言われているところなのです。