番外編 弐   大切な、貴方へ・・・







「・・・・・・・・・・・・ねぇ?」

「・・・・何でぃ」


ごろん。


かごめは苦しそうに寝返りを打ち、犬夜叉から視線を逸らすと、
そのままいかにも逃げてしまいたそうに少しばかりの抵抗を試みる。


しかしながら、そもそも莫迦が付くほどの怪力の男の腕力に、並以下の長身の彼女が勝てる確率などどこにも存在しない。

「何、逃げようとしてんだよ」

けだるそうに彼女の腰を抱くと、犬夜叉は眼を瞑る。
寝る気満々らしい。

「だってぇ・・・・」

半ば、泣き出してしまいそうな声で、恨みがましい顔を彼に向け、また彼の腕をすり抜けようと
無駄に等しい努力を試み
――あえなく両腕とも、彼の片手だけに捕えられた。

「どーして『こう』なのぉ・・・・?」


『こう』。

―元々、犬夜叉は、自室に加え、空き部屋を多く持っている。
だから、かごめが此処に来るという事になった時から、犬夜叉はその空いた部屋の一つをかごめに与えていた。


質素だけれど清潔なベッドに、ほんのりとまだ生きた樹の匂いがするアンティーク風の机。
元々その部屋にあった、少しだけ型の古いパソコンに、今は小説と料理の本が占領するレースの掛かった本棚。
木質の床には淡い色遣いの丸いカーペットが敷かれている。

部屋を照らすのは、花の蕾を象った、淡い桃色のランプ。

特別可愛らしいものが置いている訳ではないのだが、それなりに可愛らしい雰囲気を持った部屋だ。


しかし、今かごめが居るのはそんなふわふわした可愛さを持った部屋ではない。


これまた質素だけれど清潔なベッドに、窓際に置かれた観葉植物。
フロッピーやCD-ROMがやたらと散乱している、真新しいパソコンの周りに落ちているのは参考書や、何かの書類。
明らかに事務だけをこなす為だけに使用されると思われる見た目鉄の机に備え付けられた本棚にも参考書や辞書の山。

その隣には、居間に置かれたものよりも一回りばかり小さなテレビとゲームのハードとソフトの山・・・・。

ソフトはともかく、ハードの多さからして実はかなりやり込んでいると見える。

その下には、かごめの部屋と違ってカーペット等は敷かれていない。

これもまた、その部屋の持ち主の性格を現したような造りの部屋だ。

『此処に』、居るのだ。彼女は。


かごめの言葉に聞く耳持たず、と言った具合に犬夜叉は後ろ向きに寝転がる彼女をきゅうっと抱き締めて放さない。

要するに、かごめは今、抱き締められて眠っているという事。
・・・・・・・・本当に眠れるかどうかは別としても。

「ね、犬夜叉・・・私もう何処にも行かないわ。だから」

「駄目だ。暫くはコレで行く」


きっと云ったからには本当にするんだろうなぁ・・・・・。


そんな事を頭の隅っこでぼーっと考えていて、やおら、かごめは息を重苦しそうに吐き出した。


・・・・・・・そう。
コレもみんな、家出して皆に心配かけてしまった自分が全面的に悪いのは自負している。
その自分が、もうどこにも行かないと主張した所で、前科がある為、信用がないというのも理解出来る。

だが、だからといって『コレ』は如何な物だろう?

まさか彼に限って・・・と云ってしまえば彼を随分嘗めて掛かってしまう事になるが・・・何か
やましい事を考えてこんな事をしている筈は絶対に無いというのは、かごめにも分かっていた。

それが悲しいくらいに彼の性癖なのだ。律儀過ぎる。

かごめのような娘にしてみれば、むしろそのくらいが丁度いい。
しかしながら、今回の『逃げたらヤだから一緒に寝る』と言うのは少し考え物だとかごめは思った。

自分にぎゃあぎゃあ文句を言う権利が残っているとは思い難い為、強く言えずに居るが、
かのような天然ボケと言われる少女にだって少しばかりの恥じらいの心くらい持ち合わせている。

厭では無いが、恥ずかしい。云いたいけれど、立場を考えると云えない。

そこはかとなく、それが一番の問題なんじゃないだろうかと思われる話である。

実際、本気で嫌がれば流石に彼だって渋々でも承諾してくれるだろうに、そうしないのは
少なくとも自分もそうありたいと希う所があるからなのだとも思われた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


かごめは、それまで背を向けていた相手をそっと向くと、その胸板に顔を埋めた。

「犬夜叉・・・ごめんね、心配掛けて・・・・・。」

後に、相当心配されていたとありありと判る言葉を掛けてきた少女によって知った話であるが、犬夜叉はかごめを捜す際、責任なども彼なりに感じていたのか、一睡すらせずに可能性だけを頼りに自分を捜していたらしい。

いくら皆で休めと云っても聞く耳持たず、ついには今までしていたバイトもクビになったとか。
彼曰く、どうせ真柚の居るバイトにずっと勤める気は起こらないからむしろ良かったと云っていた。
・・・でも自分からやめてやると云えなかったのをいくらか悔しがっていたという彼の性格を表し過ぎた発言もあったとか。

ともかく、彼が自分を必要だと云ってくれた事にも態度にも、かごめは嬉しさを感じると同時に、すまなさも感じていた。

気にするなとは云われたが、やはり気になるものは気になる。

「私・・・・・もう貴方が私を必要じゃなくなるまで、出て行かないね」

面と向かって云うのが恥ずかしいからと、寝顔に云う自分の行動に気後れを感じたが、そんな事どうだっていい。

聞いていようがいまいが、それは彼女の本音であって、曲げる事は無いであろう決意なのだ。
少し頬を染めて恥じらいを見せたが、かごめはおずおずと彼の背中へ腕を回して、深い眠りへとついた。



だから、聞いたかどうかは、本人さえも定かではない。


「絶対、云った事は破るなよ・・・・・・」



彼は、静かに眠る彼女の負担にならないように・・・・でもしっかりとその華奢な身体を抱きとめた。



【終】



とりあえず他人に寝起きを見られると誤解されそうな二人(笑)。
これと、迎えに行った時に(19話で)犬夜叉が樹、蹴ってかごめちゃん落っことして落ちてきたの犬夜叉がキャッチするのが前から凄く書きたかったのでした。
・・・変なもん書きたがるなぁ・・・・(苦笑)