「ずるい」 それまで沈黙していたかごめがようやく開いた口で放った言葉だった。 気付けば、かごめだけがその場にいない。 そんなことにも気付かなかった自分に誰よりも一番驚いた。 「一緒じゃなかったの?」 俺はお前等と一緒だと思っていた。 「てっきり二人で出て行ったのだと」 じゃあ、かごめを一人きりにしたことに誰も今まで気付いていなかったのか。 「阿呆!早く捜してこんか!」 煩ェよ、お前に言われなくても分かってる! 誰一人に対しても返事をしないまま、俺は慌ててかごめの匂いを辿る。 ああ、本当に一人だと、そうやって初めて気付くのだから俺も大概腑抜けだ。 それよりもかごめも何考えてんだ。花皇を倒したって言っても夜の森の中で油断なんか出来ないってのに。 血の匂いがしないのが唯一安心出来るところだった。 そんなに遠くまで行ってなかったかごめはすぐに見つかった。 でも表情は分からない。俯いて、抱えた膝の上に顔を埋めてたから。 「・・・・・」 どう声を掛けていいのか判らない。 そもそも、俺だって何を言えばいいのか分からない。 皆から離れてたのだって、かごめにどう声を掛けていいか分からなかったからなのに。 どうもかごめがいないってのに焦ってそのことを忘れていた。 馬鹿じゃねぇのか俺。 かといって立ち尽くしっぱなしでいるのも何だから、俺はかごめに近付いた。 気配に気付いたかごめが、まず先に傍に置いた弓に手を置いた後に顔を上げる。 俺だと気付いて、僅かに浮かべていた緊張を解いた。別の意味での緊張は、更に張り詰めたけど。 「・・・・・・・・」 お互いに黙ったまま。 多分、俺もかごめも、何を言えばいいのか分からなくなってるんだ。 それくらい、あの出来事は俺達の間にも、陰を落としていた。 いつか、こうなることを予想していなかったわけじゃない。 でも、こんなに早いとは思わなかった。・・・・あいつだけで逝くなんて、思わなかった。 「、」 かごめが何か言い掛けて、口を閉じる。 珍しく考え込んでるみたいだ。何でも明け透けと物言うかごめにしては珍しい。 でもよく考えたら(考えなくても)そうさせたのは俺だという結論にぶち当たる。 ・・・・ハハ、格好悪ィ。 結局俺だって、何も言えない。何を言えばいいのか、分からない。 俺は、あのことを俺だけが傷付いているのだと、思い込んでた。 俺は結局、あいつを護りきることが出来なかった。今度こそ死に目には間に合ったけど、 そんなのは俺の望みなんかじゃなかった。 あいつと―――生きる未来が欲しかっただけなのに。 今では無理なのは分かってて、だからせめてあいつの望む通りにって考えてたのに。 俺は生きて取り残されて、あいつは死んで置いて逝って。 何、勘違いしてんだよ、馬鹿野郎。 ああ、確かに俺だってあいつの死には哀しんだ。でもそれが俺だけじゃないって、何で思えなかったんだ。 弥勒だって珊瑚だって、琥珀だって七宝だって・・・・・・・かごめだって、悲しんだに決まってる。 一緒にいた時間なんざ俺とは全然違ってても、それでもあいつと・・・桔梗と共有したものがある。 共に戦ったことだってある。感じたことがある。思ったことがある。 俺は、それが俺一人だと思い上がっていた。思い上がっている間は少なくとも、これ以上傷付かずに済んだ。 俺だけが誰よりも一番不幸せだと思い込んで、冷たくて甘い幻想の中で踊ってられた。 でもいざ現実に目を落としたら、俺がそうやって逃げてる間にも、かごめは傷付いてた。 他の皆もそうだ。俺達よりは立ち直りが早いって言っても、本当に『多少マシ』って程度なんだ。 ・・・・誰が目の前で倒れていようと躊躇なく助けられるのがかごめだ。 目の前で死んでいくあいつを見たときに何を思ったかなんて。 それが桔梗だとしたら、かごめが何を思ったかなんて、俺には想像もつかない。 あいつが泣いてたのを、俺は知ってる筈なのに見なかった。 だからもう少しで危ない目にも遭わせ掛けた。 「ずるい」 唐突に、沈黙しかなかった場所にぽつりと声が落ちる。 かごめは膝を抱えたまま、頭だけをゆるゆると持ち上げて俺の方に視線を向けた。 目元が赤い。また、泣いてたのか?こんな場所で、一人で。 「犬夜叉は、ずるいよ」 「・・・・かごめ」 「桔梗と。本当は、逝きたかったんでしょ。でも桔梗が生きてって言ったから、生きてる」 「・・・・・」 「あのとき『うん』って言ってくれたら、あたしはそれを理由にあんたのこと怒れた。 死ぬことに逃げないでって、桔梗はあんたに後悔して欲しくてあんたに生きろって言ったんじゃないって。 それで怒ったらそれでおしまいにして、あたしだってこんなぐちゃぐちゃいろんなこと悩んでるのも押し込んで、 笑ってられたのに。 犬夜叉はそうさせてくれない。答えてもくれない。あたしが・・・・・・・!」 「かごめ、」 俺は、と続けようとしたところで、またかごめの顔が伏せられた。 でも伏せられる瞬間に見えた顔に見えたのは涙だった。ああ、また泣かせてしまった。 「ごめん、八つ当たり。・・・我侭言った」 「いや・・・」 でも多分、俺は今、あのときと同じ場所に立たされても同じようにしか返せないと思った。 幻影の桔梗に一緒に逝こうと言われて、かごめの声に引き戻された。 じゃあ、一緒に逝きたかったのか。 かごめがあのとき、俺に聞きたかったのは、どうしたかじゃなくて、言われたときにどう思ったのか、だ。 分かってたけど、俺は答えを濁した。どっちにもひどいことを言うのは分かってたから。 あのとき、俺が否定出来ないことを多分、かごめは分かってた。 だけど俺がはっきり言わなかったから、変なこと言って怒鳴るしかなかった。 後々、冷静になればすぐに分かることだ。 気遣われてる。 少しでも俺が気にしないように、俺のこと奮い立たせようとしてた。 自分だって傷付いてるくせに、これ以上雰囲気が暗くなるのを避けて、わざと言ったんだ。 そんなかごめに、俺は何が出来る?どうしてやれる? 桔梗のことでまだ頭の整理が追い付いてない俺が、何をしてやれる? 思いつかない。ただ。 ぐしぐしと無理やり頬を拭うとかごめはわざと大袈裟に立ち上がる。 いつもよりも元気はないけど、多分精一杯の笑顔をこっちに向けてくると、 かごめはみんなのところに帰ろうと促してきた。 今二人になっても暗くなるしかない。また気遣われてるんだって分かって情けなくなる。 「・・・・・ごめんね」 「、何で、謝んだよ」 「八つ当たりばっかりして、気の利いたこと言えないから」 馬鹿、それは俺の台詞だと言い掛けてその言葉を喉の奥に押し込んだ。 代わりに、あのときのように差し出されない、無沙汰な手を掴んで引き寄せた。 強張ってるのが分かったけど、離さずにいた。 言葉にしきれるくらいの思いを、お互い抱えちゃいなかった。 何を言えばいいのか分からない。ぽっかりあいた喪失感が、多分お互いにあったのだと思う。 けど、少なくとも、かごめの喪失感の一部は、俺の態度のせいだ。 まだ迷いを捨てられなくても強くありたい。そう思った。 「・・・・ありがと」 小さく聞こえてくる言葉に、それも俺の台詞だと思ったけど、結局俺は何も言えなかった。 (初出 06.9.23 UP 08.02.28) 以下ブログ掲載内容そのままの感想文。 ごめんぶっちゃけ最近本誌見てないから今週号のサンデー見て感じたこと捏造しただけ。orz 何が言いたいかってまあ、あれですよ。お姫はもうちょっと我侭言ってもいいと思う(そこか、やっぱり) 私の個人的解釈なんで(お姫については)本当はどうかなんて知りませんよ。 デリカシー無さすぎな犬のことちゃんと分かってたけどやっぱたまには優しい言葉だって欲しいのよー! ってヤケクソになったという説もありますから(笑) つか、お姫のあの発言一つでここまで妄想出来る自分に感心すると同時に引く。(オイ本人本人。) 何でも一人で乗り越えられる子だからね、それを無意識ながら分かってるからね、お姫はそういうことは自分一人で抱え込んで、何も傷付いてないよって顔で笑ってる子だと思う。だから周りがお姫傷付いてるってのになかなか気付けないのだと思う。実際、お姫はそれが乗り越えられるくらい強い心持ってる。 だからわんこは「何でお前そんなに強いんだ」って言ったんだと思うけどお姫は「優しいって言いなさいよ!」って言ってた。まあ普通に考えるとコミカルにしたかったとかヤケクソとか(笑)場の雰囲気少しでも上げようとした、とかなんだろうけど。 私は、「強くなんて無い」「私だって弱い」って言うのを誤魔化したって解釈も出来るんじゃないかなと思います。要するに、「あたしは優しいでしょ!」って言いたいんじゃなく「強い」って言葉を否定したかった説。 強くなんてない、私も傷付いてる。そういう解釈で行くなら、無意識のうちにわんこに対する甘えになってるんじゃないかなと。ただわんこが今、甘えられる状態じゃないの本人以上に理解してるから本心はどうであろうと誤魔化すしかないじゃないですか。 だから結局妥協した結果叫べる言葉がこれくらいしかなかったんじゃないかな。 って、思うんだけどこれは飛躍しすぎだろうか。・・・・・お姫への愛ゆえです、愛ゆえ(黙れって) 何ていうか、今までのお姫を考えるとそういう台詞ってらしくない気がして。 |