いくら連日蒸し暑かったから、と言っても肌に当たる強い風は長時間当たるには向いていないだろう。


日焼け対策に軽く羽織っていたパーカーを脱いで、コンクリートの壁の影に隠れると肌寒ささえ感じた。
季節はとっくに夏を迎えようとしていたので、逆に心地よくも感じていたが、
渋面を呈した青年はそうは思わなかったらしい。

ノースリーブで、むき出しになった肩に触れてきたかと思えば、その肌の冷たさにいっそう眉を顰めてかごめが横に放り出したパーカーを肩に掛けた。別に大丈夫よと言っても無言で無視された。
大人しく言うことを聞いておけということらしい。

耐えられない程の寒さではないが、心配性の青年をこれ以上やきもきさせるわけにはいかない。
すっくと立ち上がると、靴を脱ぎ捨てて砂浜を裸足で歩く。
案の定、「おい」と制止の声が掛かるが、かごめはわざと無視した。

割れて鋭利になった貝の欠片や、不法投棄の割れた瓶を踏んでしまうと危ない、
と言おうとしているのは分かっているし、かごめ自身も承知の上だ。足元に注意を払いながら歩く。
砂の感触が直に当たるのが気持ち良い。
そのまま満ち干きを繰り返す波にまで足を進めて、そこで立ち止まった。
寄せる波が足に触れて、冷たく僅かにくすぐったい感触にかごめは相好を崩した。

後ろから、風に混じって青年の溜息が聞こえたが、かごめは振り返らなかった。



『何処に行きたい?』と訊かれたから、『海。』と返した。

何がしたかった、というわけでもない。あえて言うならば、波の音が聞きたかった。

本当は、買い物にも行きたかったし、見たいと思ってチェックしていた映画もあった。

しかし今は、そんな喧騒の中に混じるよりもただ静かに過ごせる場所に行きたかった。

彼は乗り気ではなかったようなので、少し申し訳が無い気がした。
それでも、(顔は顰めたが)文句も言わずに自分に付き合ってくれているのはありがたかった。


「犬夜叉」


少女が呼ぶと、律儀にも自分の靴を持って、彼はかごめの傍まで寄って来た。
あまり冴えた天気でなかったのが少し残念だったが、彼が隣にいてくれるだけでよかった。

「冷えるぞ」

言葉少なに、自分を心配してくれる声が、とても嬉しい。
ぶっきらぼうに返しているつもりだろうが、自分を見る彼の目がひたすらに優しい色を宿していることに、かごめは気付いていた。不器用だが、何処までも真摯な目だった。

「ん。もう少し」
「・・・・とっくに体冷え切ってんじゃねぇか」
「大丈夫よ。あとで犬夜叉に体温分けてもらうから」
「え゛」

変な期待でもさせてしまっただろうか。
途端に真っ赤になる犬夜叉の素直すぎる反応に、かごめはつい笑ってしまった。
途端に、からかわれたのだと思ったらしい犬夜叉が憮然とした表情になる。決まりが悪いらしい。

「・・・・馬鹿言ってねぇで、そろそろ行くぞ」
「はーい。・・・・・あ、ねぇ、今足濡れてて靴履けないから」

そう言って、両腕を伸ばすと、心得たとばかりにひょいと抱えられた。かごめとしては、背中を向けてくれることを予想していたので、姫抱きされたことに少し驚いたが、結局何も言わずにぎゅっと青年の首に腕を回した。

「バーカ。だから最初に言っただろうが、タオル持って行けって」
「うー。ばかとか言わないでよぉ」

しかし上手い言い返しの文句も思いつかなかったので、拗ねたように返すと犬夜叉が笑った。
意図したことではなかったが、抱きかかえられて伝わってくるぬくもりが、冷えた体には丁度良かった。
今までずっと同じところにいたのに、どうしてこんなにも違いが出て来るのだろうと不思議にも思ったが、それについては触れずに黙って青年の首元に頭を擦り寄らせた。

頭の上で、また彼が笑った気配がして、つられて嬉しくなってかごめも笑みを浮かべた。















波の音と足跡と、もう一つ

*案外軽装で日陰にいると海は風強いので日差し強くない日はかなり涼しいです。デート!!!!(黙れ)(初出:07.06.10)*